2005,8,30 ブラジル音楽聴き放題
ブラジルのラジオ局のサイトらしいが、いろんな人の音楽がただでいっぱい聴ける!暇な人は行くとよいです。ブラジル音楽ブームが来るよ!
http://musica.uol.com.br/radiouol/
2005,7,13 音痴からハーモロディクス理論
子供の頃、音楽の時間に、音痴の野口君とか山田君が歌うのを聴くと、クラクラしてとても気持ちよかった。でも音楽の先生的には、彼らは”合ってない””はずれてる”のだった。よいこなぼくは、いつもキチンとはずれないように歌っていた。それはそれで気持ちいいのだけど、音程のことより、音量、頭蓋骨がびりびりする方により気持ちよさを見いだしていたと思う。大人になってからいろんな音楽を知った。タイとか、ミャンマーの民族音楽にはとてもクラクラ来た。西洋音楽の伝道師たる音楽の先生的には、まるではずれた音痴な音楽。東南アジアだけじゃない。日本の雅楽だって、そうとうなもんだ。こまかいことは知らないけど、タイの音階は、オクターブを6等分だか7等分した間の、だいたいその辺ならオッケーなんだそうだ、てなことを小泉文夫先生の本で読んだ気がする。音程にたいしておおらかな民族もあればキビシイ民族もあるってことだ。てことは音痴ってのはそんなに悪いコトじゃない。西洋音楽がちがちのピアノの伴奏とか、きっちりきっかりのカラオケとかをバックに歌うから気持ち悪くなるだけなのだ。うちのカミさんはいわゆる音痴で、うたってるとどんどん転調していく。ハモって歌うともうオーネットコールマンもびっくりなほど、はずれていくので、こっちも寄り添うようにはずれていくと、とってもきもちくたのしい。魚の群は、いつも同じくらいの距離感を保とうとしてあっちへ行ったりこっちへ行ったり全員で動く。オーネットの言うハーモロディクス理論ってのは、そういうことな気がする。リーダーのオーネットさんが、ちょいと右に曲がると、みんななんとなーくちょいと右に曲がり、だけどピッタリくっついてるわけじゃなくて、それぞれが息苦しくないほどの自由に動けるスペースはキープしたままなんとなーく寄り添う。たまにぴたっと調性が合っちゃったりして、それはそれできもちいんだけど、あらららっとはずれてって、離陸してく感じもたまらない。世の中の森羅万象とおんなじで、関係ないようでいて関係しあって時間が流れていく、たまに大爆発とか大惨事とか大異変とか起こりつつもね、そんな音楽をしたいもんだ。
2005,6,15 とても影響を受けたレコードやCD
このところ聴く音楽といえばプリンスばっかりだ。昔良くきいてて、また近頃聞いてるのだ。好きなのは「around the world in a day」「purple rain」「parade」。ポップで切なくて美しくて熱いのだ。おんなじようにビートルズやジョンレノンも好きだ。そういえばRCサクセションもそうだ。きっとおれはポップで切なくて美しくて熱いのが好きなのだ。RCで好きなアルバムは「初期のRCサクセション」「楽しい夕に」「シングルマン」「EP LP」他のもみんな好きだけど、初期の頃のががつーんと心に来たなー。ポップではないと思うが、切なくて美しくて熱いので、加藤崇之&宅シューミーの「夢」これを聞くとしばらくなんにもできない位深ーいところに引きずり込まれる。とても影響を受けた物なんて、書き始めたらたくさんあり過ぎて困ってきた。世界中の民族物のレコードなんて、ものすごいたくさんの衝撃をくれた。とくにタイ、ミャンマー、バリ、インド、といったアジアの国々。民族物はフランスのOCORAレーベルから出てるのと、小泉文夫さんが録り集めてきたのが好きだ。ジャズ系ではドンチェリー&エドブラックウェルの「mu」。とてもシンプルにうたっててものすごい自然体な感じに驚いた。オーネットコールマンの「dancing in your head」は、なんじゃこりゃーいったいどーなってんだーと驚いたままいまだにどういう仕組みでこんなバンドサウンドが成り立っているのか考え続けている。ローランドカークの「volunteered slavery」は、ポップで切なくて美しくて熱い!循環呼吸の練習するときにはいつもこのジャケットを前に置いてあやかりながらやってた。きりがないのでこのへんでやめとこ。
2005,2,23 ハマルこと
ついこの間まで沖縄音楽にはまっていた。何件かの図書館から沖縄ものを虱潰しに借りて聴いて、気に入ったのをcdrに焼いていた。最初は5線譜でメロディーののってる本を借りてきて、三線でメロを追いながらなんとなく勝手に伴奏して歌っていた。そのうち工工四と言う沖縄の譜面を読むようになった。こうして2月ほど毎日家にいる時間はほとんど三線さわって歌ってた。ハマったのが冬なもんだから、気分出すためにアロハ着て足湯につかって汗かいて弾いたりしてた。車の運転しながらも運転中に歌詞を覚えて、信号待ちや渋滞になると三線弾いてた。ほとんどキチガイである。
去年はしばらく浪曲にハマってた。ダイソーのCD買いあさり、図書館がよいでたくさん焼いて、好きな話を耳コピーしてノートに書いて、風呂場でマネしてうなってみたりした。
何年か前にはジャンベにハマった。ジャンベフラワーズというバンドまで作って、手が痛くてもーダメってなるまでたたいてた。
何かにハマってる時はだいたいサックスは下手になってく。だけどその後またサックスに戻ったときに、何かしらプラスになってるみたいだ。ハマってる最中は50になったら浪曲師に弟子入りしようとか、今すぐ沖縄に引っ越そうとか、マジで考えてたのに、アッという間に熱い季節が去ってしまうと、おれってホント馬鹿みたいと思うのだが、こうやって本気でのめり込んだものじゃないと体にしみない。馬鹿は体全部生活全部使って覚えるしかできないのだ。ハマルってのは、長い時間かけて食べて、音楽的栄養をとる、ってーくらいに思ってる。
2005,2,13 おれはいったい何をやりたいのだ?
なってるハウスのリマスターと、どうやったら売れるんだろねなんていつも話してるんだけど、こないだリマちゃん、自分のやってる音楽を文章で説明してるひとにはお客が多いってかなり確信を持っていってた。なるへそ、確かにどんなのやってるか分からないと初めての人は来ないよな。そんなわけで少しは自分を整理して考えてみようかと思った。おれはいったい何がしたいんだ?
そもそもの音楽生活は小学生の頃、お母さんの弾くピアノに合わせて「みんなのうた」のいろんな歌を唄ってた。唄いたい歌を唄うのは大好きだったが、音楽の時間は嫌いだった。あんまり興味のない歌を唄わされたりするのは誰でもいやだよね。でも歌わされてるうちに不思議なもんで、なんとなく好きになってくんだな。で、そのうち替え歌にしちゃって、教科書に載ってる全ての歌がちんぽうんこ的お下劣クソガキ唄に書き換えられてた。三つ子の魂何とやらで、いまだに口をついてでる唄はそんなのばかりだ。おれしか知らないはずのわけ分からない歌をカミさんが洗濯しながら唄ってたりして驚く。おれが知らず知らず口ずさんでるのを、本人も気付かぬうちに覚えちゃってたみたい。
ちんぽに毛が生えてきた頃、兄貴の買ったギターに興味を持った。いつもそこそこにもててたから、よくあるようにもてたくて楽器を始めたってことはいままで一度もない。じゃーんと弾くより、ちまちまとしたアルペジオが好きだった。特にマイナーキーのアルペジオは好きだった。じきによくあるように、Fで挫折した。
大学生になって華の東京にでてきたチンカス時代、神田の中古屋で、1万円でコルネットを買った。フリージャズばっかり聴いてた時代で、なんでも良いから吹いてみたかった。ホントはサックスに一番興味があったけど、高いから、ドンチェリーも好きだしと言う理由で、と言うより安かったってのが本音だが、とにかく自分の管楽器を初めて手にした。一応おならのような音はでるけど、ちっともいい音がでないから、まるでハマレなかった。その後今度はやはり1万円くらいで、フルートを買った。これはすぐにわりとましな音がでるようになったが、思い切りぶわーっと吹けないもどかしさと、汗かきなもんで口が滑ってちっとも安定せず、いらつくってので、あんまりハマレなかった。で、そのうち思い切ってサックスを買った。本当はテナーの方が好きなミュージシャンが多いので、テナーが欲しかったけど、高いので、アルトにした。ヤマハのカレッジモデルっていう一番安いやつ。それでも16万円した。これにはやっとハマレた。とにかく思いっきり吹き込んで、好きなように、気持ちいようにやってるだけだったけど、とても気持ちよかった。で、ダンモ(早稲田大学モダンジャズ研究会の通称)に入ったんだけど、みんなうまくて驚いた。それでもおれが一番音でかいし、おもしろい、と思ってた。最初はパーカーのコピーをやったほうがいいといわれ、やってみたが、まず譜面読めないから、ちまちま読んでくんだけど、すぐにあきらめた。だからパーカーは嫌いだった。みんなパーカーのマネして何が面白いんだろと思ってた。いまはパーカー大好きだけど、やっぱりまねっこフレーズばかり吹いてるひとをみると上手だなーと思いつつも馬鹿じゃねーのと思う。
その後もいろんな楽器にハマった。尺八、エレキギター、トレス、バンジョー、ピアニカ、ジャンベ、最近では三線。だけどいつも最後にはサックスに戻る。やっぱりおれはサックス吹きでありたい。
好き勝手になるべくストレスをなくして楽しく演奏したいといつも思っている。ひととやるときに、どうやったら全員そういう気持ちでできるかってことが、おれにとっては一番大事なこと。ほんでも他人は他人でおれと同じじゃないからこれがむづかしいのだ。なんにもきめないでぶわーっとやった方が楽しくできるヒトもいれば、曲決めて譜面渡してコードまで書いたのとか見せた方が楽しくできるヒトもいるし。そんでかちかちにコード決められるとおれなんかはしらけるし。でもきれいな曲とか好きだったりするし。おれはいったいなにをやりたいんだー。全くもって難しい問題だ。
ハッキリしてることはいくつかある。気が合わないなーって思う人とはあんまりやりたくないってこと。それから、体調のいい状態で演奏に臨むのが大事ってこと。気が合わないなーって思う人とやったって楽しくなれないし、むしろとげとげした演奏になってしまう。1回くらいならまだばーっとやってばーっと飲んでばーっとラーメンでも食えばま、いっかってなれるけど、続くと辛い。なんのために音楽やってるんだか分からなくなってしまう。こんな事なら音楽なんてやらない方がマシだと思う。そーだ、おれは自分の精神を安定させるために音楽をやってるのかもしれない。バンド全員がうひょーきもちい、たのしいー、しあわせーって思ってたら、その空気ってホントに空間を満たしてって、しあわせの粒子が、きらきら舞ってるような気がして、それってぜったいお客さんにも伝染するんだよなー。
結局おれの求める音楽は、自分のしあわせ、共演者のしあわせ、空気をしあわせの粒子で満たして、お客さん、ひいては世界中をしあわせにすることが、究極にあるのれあった。ずいぶん話がでっかくなってしまった。まだ昨日の酒が残ってるのかなー。