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2004,5,31 ミンミンゼミはなぜ7種類でないのか

むかしpさんが電話してきた。「地面に寝ているセミがいるそうだ。見に来い」

大体の位置は教わってひとりで見に行ったのだがやはり地元の人と行くべきだった。

一晩それらしい校庭や周りをうろつく不審者となって探したが見る事は出来なかった。

タガメかもしれない。たくさんいたら保護の必要がある。

 

タガメが卵から孵化する場面は大抵の昆虫に慣れてしまったわたしでも不気味だ。

帯状発疹を思わせる状態で木の枝に巻き付くように卵は産み付けられている。

きれいに幾何学状に並んでいる。成熟してくると全部が目玉みたいに見えてくる。

突然、下から一斉に白いエイリアンみたいな幼虫がそっくり返る。

そして茶色く色付くとまたも一斉にバラバラッと水の中に落ちてゆく。

あー気持ち悪い。

ヒルとコモリガエル(サンバガエル)の孵化に並んで苦手だ。

 

それと比べるとセミの孵化は応援したくなる

卵が産み付けられた木の幹から1〜2mmくらいの幼虫がこれもゾロゾロ生まれる。

セミの卵は線状に足跡を思わせる形で産み付けられている。

ちいさいもののあのセミの抜け殻そのものの形をしたやつらが一生懸命幹を降りる。

これを見た人は少ないとおもう。

セミの産卵をまず見ておく。外からはセミの卵は見つからない。

晩夏から秋口、時期を見計らって夜明け前見に行く。

ちっこいのがゾロゾロ幹を降りてやがて落ち葉や草陰に消えてゆく。

それだけ。

 

毎年、どのセミがいつ鳴き始め、鳴き終わるか気にしている。

年によって差はないのか。

大体同じ。6月頃クサゼミが鳴き始めハルゼミが続く。

ミンミンゼミとアブラゼミは夏。

ミンミンゼミは鳴き始めがはやく鳴き終わりは遅いが夏の終わり頃勢いが良い。

80年代中頃から盛夏に東京でもクマゼミが鳴き始めるようになった。

そしてツクツクボウシ

ヒグラシの声を聞くとそろそろ夏も終わるな。そう思う。

鳴く時間も計ったように正確だ。

それぞれの種はそれぞれの習性を守って生きている。

 

ひとつの台風でほぼ終わりになる年もある。

が、大抵そのあと1匹だけ鳴いているやつがいる。

交尾の相手はいるのだろうか?いつも気にかかる。

 

沖縄にはイワサキクサゼミという日本最小のセミがいる

一見の価値がある。

八重山諸島から沖縄本島南部だけに生息する。

体長1〜1.5cmくらい、セミだと思って見ないとセミに見えてこない。

最小のセミであるとともに恐らく日本で最初に鳴く。3〜5月が最盛期。

1月でも陽気が良いと鳴いている。

標本を見たときはセミとは気が付かなかった。

 

今年の春、めしべが葉のかたちになったヤエザクラを見付けた。

むしり取ってきて、めしべ、おしべ、花びらをばらばらにしてみた。

中心付近にあるおしべはおしべにしか見えない。

それが周辺に向かうに連れて下の方から平たく広がり始め

やがて色付いて花びらになる。

花びらも外側に向かうに連れ緑がかってきて

萼片となり、萼片も外側は葉脈が見えて花から離れると葉そのものだ。

すべて葉が変形したものだという事を視覚的に確かめることが出来る。

 

同じことをやってみる。

イワサキクサゼミの標本を置く。

ツマグロヨコバイとかウンカのでかいやつ。そんな形をしている。

比較的小さなカメムシをウンカの隣に置き、長細いカメムシを並べてアメンボを置く。

ミズカマキリ、タガメを適当に配置する。

なかなか見事に形態の連続性を確かめることが出来る。

丸っこいカメムシを頭において

セミもアメンボも近い種類だと言っても信じがたい。

人と鯛とカブトムシ、そしてゾウリムシを並べて全て共通の祖先を持つ

そのように言ったところですぐ納得できる人は少ないはずだ。

分化過程が進み、完成したものを比較しても殆ど何も見えてこない。

むしろそれほどはびこっていない未完成のものを比較してゆくことで

進化は見えてくる。

 

チンパンジーとヒトのDNAは1.23%程度の差しかない。そういわれる。

これはDNA配列をずらずら並べて比較した推論に過ぎない。

ある特定の働きをするDNA断片のあるなしを比較すると5.3%の違いになる。

さらにそれによって作られるタンパク質の違いは8割になる。

少しの遺伝子の変移は劇的に変化をもたらす。

 

ムカシクジラの仲間のPakicetus attockiの骨格が国立博物館にある。

パキケトゥス・アトキと読むらしい。

Paki(パキスタンの)cetusu(クジラ)。Attok村のちかくで見付かった。

足は長く、目は前を向いており、首は長く左右に振ることができる。

犬とかカピパラのような形態をしている。

これがクジラやカバの先祖だという。どこをどう変化させたらクジラになるのだ。

どこをどうやったらの化石もパキスタンを中心に見付かりつつある。

 

南極半島東部のセイムール島でオタゴ大学のユワン・フォーダイスは霧に巻かれ

小さな尾根に登った。そこにはバラバラに砕け散った化石が無数あった。

3つの同じような形のクジラの歯が埋め込まれてもいた。

これを全て掘り起こし、余分な岩を歯医者さんにあるドリルでけずり

場合によっては酸でとかし、最大でも10cmあるかないかの破片を取りだし、

ひとつひとつを繋げる作業を10年掛かってやっていた。

復元してみるとそれはクジラの頭蓋化石だった。

全長2m。同じような大きさのクジラの下顎骨の化石が1989年

アメリカのミチェルによって発表されていた。

フォーダイスはスミソニアン博物館に依頼しそのセッコウ模型を送ってもらった。

ぴたりと一致した。つまり同じ個体のクジラだったのだ。

Llanocetus denticernatusヤノケトゥス・デンティクレナトゥスという。

しわしわの歯を持ったクジラ。歯は細長く分岐し、しわの部分にはひげがあった。

ムカシクジラのように1匹ずつ魚を食べるのではなく

魚の群れごと飲み込み、歯で濾して食べる。そうした食べ方を獲得していた。

体長が10mを越す大きさではこの食べ方でないと身体が持つまい。

 

これはパキスタンで発見されつつあるムカシクジラとヒゲクジラをむすぶ

いまのところ唯一の化石だ。

 

こういうことがあったので、信じてしまった

30km離れた場所の割れた面がぴたりとくっつく旧石器。

 

言いたかったのはそう言うことではない

少しずつ蓄積された遺伝子変異の結果は

形態に影響を及ぼしても不思議ではない程度の変化をもたらし

既にあるものを自在に使いながら生物は進化してゆく。

 

イワサキクサゼミは既に種としての名称ではない。

それぞれの島で独自に進化し、別の種として確立している。

交流が殆どない集団内で起きたちょっとした遺伝子の違いが積み重ねられ

種の分化は起こり、それぞれがそれぞれの集団のなかで独自に進化してゆく。

 

ここで毎年疑問になるのだ。

ミンミンゼミは7年間幼虫として地下で暮らし、成虫となる。

クサゼミのなかまはかなりランダムに成虫になるようだ。

ある特定の周期は認められていない。

新聞などで紹介されたアメリカの「13年ゼミ」「17年ゼミ」

こうした周期が認められるセミを周期ゼミと呼ぶものもいる。

ちなみに「13年ゼミ」も「17年ゼミ」も1種類のセミではなく

その周期を持つものをまとめて呼んでいる俗称。

現在アメリカでは7種15群が知られている。

特定の年に大発生する群がある。それが話題となる。

サッカー場程度の面積に100万匹くらい発生するらしい。

こういう大発生の群の存在は日本の周期ゼミにはそれほど認められない。

ふと、

そうすると大発生する「13年ゼミ」と「17年ゼミ」の群が

その公倍数221年に一度ぶつかり合うはずで、うるさいだろうなぁ。

 

疑問なのだ。

夜明け前見送った今年のセミの子供たちは来年のセミと出会うことはない。

つまり生殖的に全く別の集団と見なすことが出来る。

ミンミンゼミが7年周期で成虫になるとすると

それらの遺伝子に蓄積される変移はその周期ごとの集団内で個別に異なるはず。

ミンミンゼミが7種の別のセミになってもおかしくない。

 

毎年別のセミが鳴き、ミンミンゼミが鳴いているのを聞いて

あぁ…あれからもう7年経ったのか…と感慨にふける。

そんなこともありうるじゃないか。日本の独自の文化として。

さらにはセミの周期を利用した暦が発達していて構わない。

ニイニイ・アブラ何年富士山が噴火した。とか古記録に書いてある。

ヒグラシ・ツクツクの年は火事が多いとか。

ミンニン何年織田信長は桶狭間においてどーのこーの

日本史に強くなるにはセミの生態を知る必要がある。

もちろん子供の名前にも使われるだろう。

「ねー知ってるぅー。ミー沙さぁ。ヒグラ志と付きあってんだってーぇ。

ヒグラ志ってさー。どっちかってーゆーとぉカナカってかんじじゃん。」

戒名に入り込んでも良い。と言うよりかなり便利だ。

七回忌とか分かりやすい。夏になって、はたと気が付いたりする。

「爺さんの七回忌だよ忘れちゃってたよ。モンモンが鳴いてるよ。早いもんだねぇ」

TVドラマ。蒸気機関車から降りた中年の刑事が聞き込みをしている。

夏だ。汗かきの男の額から滝のように汗が流れ出している。

帽子を取ると無論髪の毛は薄い。照りつける太陽。

ズィーズィーゥ。ズィーズィーゥ。セミの声がする。

季節、情景、心理ばかりではない。

これだけでもうそれが何の事件かが描写できるのだ。

 

今年もそろそろセミの季節だ。

ことしもたぶんミンミンゼミはミンミンゼミ。アブラゼミはアブラゼミ。

なぜ毎年同じ種類なのだ?

 

-

ところで

これを書くに至ったちがう掲示板からの話題。

文中に混ぜることが遂に出来なかった。

 

上野公園を中心とした観察を10年くらいやってますが

谷中墓地はとてもちかく。花見のシーズンには客が切れ目なしに坐ってます。

谷中墓地の木は最近切られることが多く、植物の密度は違いが出てきていますが、

種類はあまり変わりません。

さらにセミを餌にする鳥はどちらもほぼ不忍池をねぐらとする鳥たちで

最近、白金台の植物園からのカラスも混じってきている程度。

鳥の事はあまり知らないのですが、それほどの違いはないと思います。

 

ファーブルの実験

セミが鳴くのはメスを呼ぶためではない。

 

ファーブルの実験は実にいい加減なもので、

まず自分が鳴いているオスにメスが近寄ってゆくところを見たことがない。

で、近所の子供たちにその場面を目撃したらお金をやると言って観察させたが

ひとりもお金を要求しに来なかった。実に正直な子供たちだ。

そこから鳴くのはメスを呼ぶ為ではない。そう結論を出した。

反論は幾つかあるが、決定的にこの結論を覆すものは出ていない。と思う。

 

で、そもそも音を聞いているのか。セミが鳴いている木の下で大砲をぶっ放した。

けどセミは鳴き続けた。セミは音を聞くことをしていない。

従ってメスはオスの声を聞くこともしない。

そういう結論も出してる。

アメンボもそうだがカメムシのなかまたちは殆どが短い触角を持ってる。

あまり感覚器としての機能を果たしていない。

周りをどのようにして知るか。

前脚に短い毛が密生していて、それによって振動や僅かな風を察知するようだ。

キリギリスやトノサマバッタにはこの部分に音を聞く器官がある。

人の耳に結構形が似てたりする。

カメムシのなかまはそれを全て触覚器官に当てている。

(大砲の振動は察知しなかったのだろうか?)

 

さて「セミはいかにして愛を語り合うか」。

これは2002年に分かったこと。やはり鳴き声で語り合っているようだ。

周波数特性を極低音に特定したマイクロフォンの開発によって

カメムシ、アメンボ、セミは8〜16Hzの極低音かつ極小音で

オスがそれぞれの種によって独自のリズムを刻んでいる。

その「声」が録音された。

腹部全体を震わせて「鳴いて」いる。

それにはメスが反応して近付いてゆく観察結果が発表されている。

 

意外につつましい奴等ですが、やはりあのでかい鳴き声は理由が分かりません。

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IKEDA Yutaka 

2004,5,11 脳は極端なことを考える。

2001年カリフォルニア大学メディカルスクールで

重度のてんかんの患者に電機刺激による治療が試みられた。

患者は16歳の少女で発作を起こす部分を取り除く治療の一環だった。

 

ところが電流が流れた途端、患者は笑いだしたのだ。

心から楽しそうな笑いだったそうだ。

何がそんなにおかしいのかと医師にきかれ、少女は答えた。

「みんなまわりに突っ立っていて、変なんだもの」

もう一度電流を流すと今度は病室にかけてあった絵を見て大笑いした。

頭頂部よりやや前方、指2〜3本ほど左の位置。

どうやらここは楽しさやおかしさを作りだす場所だったらしい。

 

周囲の状況には関係ないのだ。

ここが興奮すると楽しいとか面白いとか感じるらしい。

 

だったら人を楽しませるにはここに電流を通してやればよい。

脳はすぐこういう極端なことを考え始める。

 

いま目の前にある現実、それを現実と認識しているのは脳だ。

言い換えれば、それは脳が情報を総合的に処理して作りだしたイメージ。

この言い方に間違いはないと思う。

ヴァーチャル・リアリティーというならすべてがそうだ。

 

だったら現実だと思っているだけで、それがあるかどうかも分からない。

この類いの極端な考え方がすぐ飛び出してくる。

外界をある程度の妥当性を持ったイメージで認識出来なかったら

人類はとっくに滅びているだろう。または入院の必要がある。

 

脳のある特定部位が特定の役割を持っている。そのことは良く知られるようになった。

マッピングの作業もかなり完成に近付いている。

ところが逆に、外界からの刺激により脳が活動するとき

脳全体が活発に働いている。そのことが忘れられかけている。

まるで言葉を聞いている時ウェルニッケ言語野だけが働いているように思われている。

論理的な作業をしているときは右脳は全く活動していないか?

 

脳の血流量がたくさんになったところととてもたくさんになったところ

その微妙な差を画像処理できるようになった。そう言う意味だ。

 

70年代のドラッグブームは貴重な教訓を残した。

薬品など外部から吸収された物質による刺激はある特定部位のみに作用する。

それが簡単な方法であればあるほど反復的なまたは連続的な刺激が可能になる。

神経系は刺激が連続的に繰り返されると同じ反応を引き起こすために

より強い刺激を求めるようになる。

 

女の子達がオヤジギャグに手厳しいのは箸を転がしても笑う。

その経験があるからではないか。

わたしはひそかにそう疑っている。

 

より強い刺激が欲しいのにそれを与えてくれない。

 

あまりお笑い番組をみないわたしは、たまにそれを見ると、苦しい。

出演者達の苦労や、必死さの方が伝わってきてしまうからだ。

女の子達は実に素直にあっけらかんと笑っている。

 

1935年ポルトガルの神経学者エガス・モニスに

チンパンジーを使った実験結果が飛び込んできた。

攻撃的なチンパンジーの脳の前部の異変を切り取ったところ

チンパンジーはおとなしく、友好的になった。

モニスはすぐに人間に応用し効果を認めた。

1940年代には躁病であろうと鬱病であろうと

分裂病(総合失調症だったっけ)であろうと

すべてが手術の対象となった。

後にロボトミーと呼ばれるようになった悪名高き治療法である。

当時は何故効果があるのか全く分かっていなかった。

アイスピックのような医療器具でぐりぐりとかき回し、組織を切り取る。

感情を作りだす無意識の部分と

感情を認識する皮質とをつなぐ回路を切断していたに過ぎない。

 

少し行きすぎると感情の起伏がなくなり、無感覚になって

半分死んでしまったような状態になる。

手術をしても攻撃性が収まらない患者もいた。

モニスもロボトミーを施した患者に撃たれて生涯を終えている。

 

シンプルな考え方、合理的な思考は大切なことだ。

だが、それは事実から遊離すればするほど時に極端な考え方へと

簡単に変貌してしまう。

情報が正しく、事実が間違っている。

わたしたちは事実をあまり理解できていない。

熱帯雨林や深海底のことを考えてみると

わたしたちが知っている生物の種類は全生物の1パーセント前後という試算もある。

 

情報のシンプルさは事実のシンプルさと決して同じではない。

情報は決して事実ではない。

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IKEDA Yutaka

 

2004,5,9 いもの毒

『ジャガイモとインカ帝国-文明を生んだ植物』山本純夫(2004)に

イモ類の毒の抜き方が詳しく書かれている。

 

(無闇にややこしくなってしまった。何故?)

 

イモを選んだ人々が直面したのはそれが持つ毒との闘いだろう。

 

北アメリカ、ハドソン湾の周りには五大湖をはじめとして

ウィニベク、レインディアナ、アサバスカ、グレートスレーブ、グレートベア

など、四国より大きな湖が並び、いまだに湿地が拡がっている。

ローレンタイド氷床の名残りだ。

グリーンランドとほぼ同じ緯度だが現在氷床も氷河もない。

今から1万年ほど前、ペルム氷期の終わり頃のこと。

ここに出来ていたらしいどでかい氷水の湖が決壊した。

冷たい水が大西洋にどっと流れ込み、周辺域は大きな気候変化に晒された。

その痕跡はヨーロッパやアフリカに残されている。

遺跡には食べられそうなものを手当たり次第収集した様子が伺える。

 

この時期、北アメリカ西部の山脈を中心とする

コルディレラ氷床とローレンタイド氷床とのの間に無氷回廊ができた。

まだ陸続きだったベーリング海峡を渡ったモンゴロイドの方々は

激減する動物を追跡して、恐ろしいスピードで南北アメリカ大陸を南下した。

いわゆる「マンモスハンター」と呼ばれる方々だ。

サーベルタイガーをはじめ大型の哺乳類を絶滅に追い込んだのは彼等だという。

鯨のしっぺ返しのような気がする。

彼等なのかもしれない。しかし植生が変わり動物相も変化した大陸では

大型哺乳類はいずれ、絶滅への道を辿っただろう。

メキシコからホンデュラスにかけて陸は急に狭くなる。

このパナマ地峡は両岸とも急峻で氷期にもそれほど広くならなかった。

その先に北部アンデスが立ちふさがる。進むには登るしかない。

メキシコで既に高地には慣れているはずだ。

 

アンデスは標高4000m付近の高原は比較的平坦で、廊下状の地形が続く。

地元の言葉でプナと呼ばれている。

この高原には様々な動物も暮らしてもいた(まだ暮らしている)。

年平均気温は10度とかなり暖かく、緯度が低いため年間を通じて一定している。

決して住みにくい場所ではない。

しかし、空気は薄く、乾燥しているため夜と昼の気温差は大きい。

夜間は氷点下まで下がり日の出とともに気温は急上昇し、20度前後に至る。

 

海からやって来た人々もいたかも知れない。

しかし南アメリカ西部には海岸沙漠が拡がり、フンボルト海流が行く手を阻む。

 

南北アメリカ大陸の赤道付近に高原が続くのは不思議な巡り合わせだ。

氷期、或いは氷河期というのはヨーロッパの概念だ。

地球上で最も広い面積を占めていたのは草原だ。

そのような環境の中でヒトは沢山増えた。

だが、見落としてならないことがある。

草と虫もまた同様に進化し、多様化した。

 

4回にわたる大きな氷期が過ぎ、ヒトが南北アメリカの高原で見たもの

それは、かつてのアフリカに似た光景だったのではないだろうか。

 

本にもどる。

Johns(1986)は毒消しのため土を食べていた。という。

アルカロイド類の毒消しとなる粘土は日本にも存在する。

現在でも中央アンデスではチャッコという粘土が市場で売られていて

それを水で溶き、いもに塗り付けて食べる。

それ以上に山本が注目しているのがチューニョという加工技術だ。

これは神聖な儀式でもある。

酒を置いた高原平地に収穫されたジャガイモを敷き詰めることから儀式は始まる。

ジャガイモは外気に充分晒されるように重ならず接することなく置かれる。

多人数での作業が効率的に行われるように細い通路も作られている。

気温差の大きな外気に晒されたいもは夜間に凍り昼解凍される。

数日間を経るといもは指で押しただけで水分が迸るほど柔らかく膨潤した状態になる。

これを集め、小さな山を作り足で踏みつけることでいもの中の水分は搾り出される。

さらにこれを外気に晒し乾燥させることでチューニョは完成する。

 

チューニョは乾燥いもの作り方としてかなり以前から紹介されていた。

乾燥したいもはコルク状になっており軽く保存にも適している。

けれど山本はチューニョ作りが「苦いジャガイモ」でも行われている

そのことに注目した。

この「苦いジャガイモ」はルキと呼ばれ、2種類ある。

ひとつは最初に栽培された2倍体のstenotomum種と

雑草として侵入してきた4倍体のacaule種の雑種3倍体のjuzepcuzii種。

そして世界中に拡がった4倍体のtuberosum種とこのjuzepcuzii種との間に出来た

5倍体のcurutilobum種である。

 

しかし、ひどい学名を付けたものだ。

ヨーロッパに持ち帰られたいもを付ける植物にはtuberが付くものが多い。

カタバミ科のオカはOxalis tuberosa。

ツルムラサキ科のオユコはUllucus tuberosus。

ノウゼンカズラ科のマシュアはToropaeolum tuberosum。

tuberは今でこそ塊茎の意味があるがもともとは病的なこぶ、結節や隆起を意味する。

ヨーロッパには根菜は大雑把に言えばダイコンとニンジンしかない。

塊茎や塊根をつける植物はない。彼等は明らかにいもを恐れていた。

 

ややこしくなった。発音が分からないので学名を横文字のまま書くしかなかったのだ。

 

要するに、毒の強いルキが未だに利用されており、

これらは無毒化されたジャガイモより後で栽培が開始されている。

理由のひとつは山本が指摘するようにその耐寒性の強さにある。

acaule種はジャガイモの中でも最も寒さに強く、

その雑種であるルキも他の栽培種に比べ寒い高地での栽培が可能だ。

 

先日アテンボローの番組を見ていて、これもあるよなぁ…と思った。

メキシコからパタゴニアにかけては齧歯類、つまりネズミの仲間の天下なのだ。

ハツカネズミは無数にいる。

クイというテンジクネズミは飼育もされているが

別に餌を与えて飼わなくても良いのではないかと思われるほどたくさんいる。

彼等は「クーゥィ、クーィ」と鳴く。すぐ名前の由来は分かった。

その他、マーラという足が長く穴を掘って暮らす齧歯類。

世界最大の齧歯類カピパラ。こいつらは水の中も自由に動く。

そういえば目も鼻も耳も頭の上の方にある。水中生活に適応しているのだ。

恐らくマーラは兎の、カピパラはカバのニッチを獲得しているのだろう。

大型哺乳類の少ない南米では齧歯類は数量ともに豊富だ。

加えて、多種多様、多量のモグラ達。

こうした土地での無毒のいもの栽培は餌をやってるようなものだ。

 

むしろ毒のあるいもを栽培し、チューニョを作って毒抜きをしたほうが合理的だ。

カチュ・チューニョと呼ばれる簡単な加工技術も存在する。

小さないもを一晩寒気に晒し、手で絞って水抜きする。乾燥はさせない。

毒の強いいもはさらにこれを流水に晒し、デンプンの塊状のものにする。

「白いチューニョ」と呼ばれる。

 

重要ないもとして

マニオク、またの名をタピオカと呼ばれるトウダイグサ科の作物がある。

これは20〜30cm、しばしば1mを越える長さの塊根を付ける。

 

こうした根菜を中心とする農耕は独特の農具と輪作を生んだ。

スペイン人たちはインカの灌漑施設の高度な技術に驚くとともに

農具が原始的であると記載している。

「振り降ろすことに気が付かず、足で踏み込む鋤を使っている」

根菜が主要な作物であるところでどちらが有効かは少し考えれば分かる。

しかし、ヨーロッパ人たちは断固としていもの重要性を認めなかった。

さらにいも類は線虫による病気に弱い。

とりわけ連作を続けることにより線虫類は農地に繁殖してしまう。

いも畑は大抵5つの農地に分けられている。

そのうちひとつをいもの栽培として使用する。あとは休ませる。

地力を回復させるものではないらしい。

あまり栄養分は増えていない。

むしろ休ませることで地中の線虫を死滅させる。その為の休耕のようだ。

かつ、その間に雑草の根や線虫類をモグラが食べてくれる。

彼等の活動はかなり深くまで及んでおり、地面に置いた石が10m近く潜る。

耕してくれるのだ。

 

このような知恵は何千年にわたるいもとの付き合いの中で生まれた。

ヨーロッパ人たちはそれを無視し、植物のみを母国に運んだ。

そのためジャガイモが早くから普及したアイスランドでは

ジャガイモの疫病によって飢饉すら起きている。

この疫病は瞬く間にアイルランドを襲い、ケネディーを生む。

この話しは次回『いもは世界を救う』で。

 

トウモロコシが重要な作物だったことは否定できない。

ナスカなどかなり古い時代の遺跡からもトウモロコシが出土する。

けれど食料として重視されている訳ではない。

ならばトウモロコシの果たしてきた役割とは何なのだろう?

 

ナスカの土器には酒の神がトウモロコシとマニオクを持っている絵が描かれている。

トウモロコシは主に酒の原料として神格化されていた。

同時にそれが「持ち込まれた」作物であることを意味もしている。

 

トウモロコシの野生種はアンデスに存在しない。

2cmほどの穂を付ける野生種がメキシコにある。

マヤは明らかにトウモロコシによって存在しえた文明だ。

トウモロコシはそこから持ち込まれ、酒の原料として定着した。

しかし低地に見出されるトウモロコシ畑の面積は酒だけでは説明できない。

 

マヤ、アステカ、インカなど

「帝国」と称される文明圏の支配力は武力によるものではない。

かれらの「侵略」は贈り物を与え支配力を拡げてゆく。そうした方法をとっていた。

その贈り物として食料としては重要ではないが有難がられるトウモロコシは

まさに最適なものだった。

トウモロコシは「帝国」の成立にではなく「拡大」に役立った。

 

それ故に、コロンブスが辿り着いたとき真っ先にトウモロコシを与えた。

 

さて、チューニョ作りの写真を眺めているといろいろな空想が湧いてくるのだ。

何よりも神聖な儀式でもある。

水分を搾り出すためリズミカルに足踏みする時には唄が歌われ、踊りのようだ。

そして、細く作られた通路が「絵」になっていることに興味が湧く。

 

チューニョは何千年作られ続けた。

ナスカはたかだかインカの千年前の文明だ。

敷き詰めることで絵を描く、そうした遊びまたは儀式がこの土地には

何千年も続けられていたのではないだろうか?

ふと思うのだ。

ナスカの地上絵は、チューニョ作りから始まったのではないだろうか?

逃げ水を導く為という空しい行為であるとしたら

ひとはたぶん、すぐ飽きる。

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IKEDA Yutaka

 

2004,5,4 白化したサンゴ

「いも」は三部作になりそうだ。

 

どうにもこうにもタンポポの花粉を記載してある史料が見付からない。

キク科とまとめてあるものに可能性はあるものの

在来タンポポがいつから日本にいるのか?はっきりしない。

荒川ではタンポポを将軍家に献上したりしている。

「身の回り」のタンポポは外来種ばかりとなった。そう書いたけど

そもそも「身の回り」にはタンポポはいなかったのではないか?そう思い始めた。

 

万葉集には出てこない。現代人との美意識の違い。そうも考えられるが

美意識から植物を採取観察したわけではないケンペルもタンポポを記載していない。

ツュンベルクもシーボルトも…。

ところがフチナ、フジナ、タナなどタンポポの古語は存在する。

また在来タンポポであるシロバナタンポポは

葉緑体(これもミトコンドリア同様、独自の遺伝子を持つ)の変移から

九州に自生していたものが1000年かけて関東まで移動した。そう解釈できる。

 

たぶん日本には「いた」のだろう。だが人里にはいなかった。

花壇に植えて楽しむ植物として元禄時代ブームになり

それが逃げ出して「身の回り」にもタンポポが見られるようになった。

そんなストーリーを思い描いている。

在来タンポポは元いた場所に戻った。それだけのことなのかもしれない。

 

氷河期、生物は生存域の南下を余儀なくされた。

ユーラシアでは日本列島が大陸とつながり、多くの動植物が「保存」された。

ヨーロッパでは南にアルプスが存在する。

動物はともかく、多くの植物はここで絶滅の道を辿ったのだろう。

そのためヨーロッパの植物相はいまだに貧弱だ。

煉瓦を焼くため、農耕のため、森林を焼き尽しもした。

肉にあれほど執着する民族。なのに胡椒がない。

アフリカ南端を回り、インド、ジャワを越えて日本にやってきたのが

いずれも植物学者だったこと。これは偶然ではない。

 

タンポポだのジャガイモだの、何をやっているのか。

実は都市の捉え直しを行っていた。

歴史。環境問題。そう言い直しても良い。

 

サンゴ礁のボーリングデータが次々に公表されている。

「年輪」の幅や炭素、酸素の同位体比から過去の海水温がおおよそ推定できる。

試しに10世紀以降の海水温変化のグラフを作ってみた。

あまりに横長のグラフになったので時間軸をぐぐっと縮めてみる

(これができるのがコンピュータの強みだ)

びっくり!近年の海水温の上昇は尋常じゃない。

16世紀のラキ火山による小氷河期

18世紀のクラカタウ火山による「夏がなかった年」

はっきりと分かる。がそんなもの緩やかな変動に思えてくる。

1980年代からググっと曲率の小さなカーブを描いて

ピナツボ火山による気温低下なんて何のその

ただひたすら垂直に近く上り続ける海水温。

10年で1度という海水温変化は他の自然界の変動とは質が全く違う。

温暖化って既に相当進行しているんだなぁ。

 

80年代後半、「白化。測定不能」という注釈が多い。

フィジーではそれ以降のデータがない。絶滅?。

サンゴの白化はオニヒトデが大量発生し、食われてしまった。

何となくそう思っていた。

開発により土砂が流出し、泥にサンゴ礁が覆われ、

抵抗力が弱ったサンゴ礁に大量のオニヒトデが発生する。

実際に、沖縄沿岸のサンゴ礁には薄い泥の層があるものがある。

それにしては全世界的だ。全地球規模でバブルだった訳でもあるまい。

最初にカリフォルニア付近で白化。

次に南米赤道付近で大規模な白化が観測されている。

次々に西に移動し、フィリッピンから沖縄へ短期間のうちに白化が進行している。

この動き、どこかで見たことがある。

白化が起こった年月は記載されている。

これにNASAのサイトからの衛星による海水温測定結果を重ねてみる。

高水温域と白化は完全に一致する。

 

エルニーニョからラニーニャに至る高温水域と同じ動きだ。

けれどエルニーニョは以前から何度も起きているはずだ。

昔からあった出来事だからエルニーニョ、ラニーニャなのだし

それらしい海水温変化もグラフから読み取れる。逆に言えばデータが残っている。

確かに大規模なエルニーニョでガラパゴスのサボテン食の陸イグアナが

海に潜り海草を食べるようになったなど、生態への影響もあった。

また白化前後でサンゴの色が変わってしまった、という記事もあった。

 

サンゴはイソギンチャクなどと同じ腔腸動物に属し、形も似ている。

サンゴ礁を作るサンゴは海水中の二酸化炭素をカルシウムと結合させ

石灰石を分泌しつつ群生する。礁を作らないものも多い。

殆どが色を持たず、サンゴ礁の色は共生する藻類と礁の色によって決まる。

そのためイソギンチャクやクラゲと分けて違うグループとする考えもある。

地衣類と同じ考え方だ。

 

全地球的規模のサンゴ礁の白化は共生藻類が抜けたため起きた。

当時のNatureなどを見るとサンゴの絶滅が危惧されている。

藻類からの酸素の供給がなければサンゴは窒息してしまう。

 

ヒトの体液はいまだ海水と殆ど同じ組成を持っている。

海を体内に保ったまま陸上化した。この例えを延長すると

サンゴ礁は骨格ということになる。

NHKが盛んに言ってたけど、体液に比べ組成に違いがありすぎるように思える。

単なる文学的な比喩だったら何の問題もない。

問題なのはサンゴ礁による二酸化炭素の固定は藻類に次ぐ量で森林を凌駕している。

サンゴの大絶滅が起こると温暖化は急速に進行するだろう。

 

けれどフィジーなど一部を除き殆どが復活した。

弱ったサンゴから共生藻類が抜け出して白化した

そう考えられていたけれど

どうもサンゴのほうが藻類を追い出し

温暖化に適した藻類と入れ替えを行っていたのではないか。

抜けた藻類は栄養源が断たれ、細々と生き延びているに過ぎない。

別の藻類がサンゴとの共生関係を確立し、どっと増えた。

サンゴ礁の色が変わったものは藻類の色の違いだろう。

 

サンゴは人より先に温暖化に対しいちかばちかの抜本的対策を図った。

そういうことらしい。

 

けれどサンゴの危機は続く。温暖化が進行すれば近い将来海水準が上がる。

その速度はたぶん過去に経験したことのない急速な上昇になるだろう。

サンゴ礁はそのスピードに付いて成長してゆけるとはとても思えない。

リフレイン

サンゴの大絶滅が起こると温暖化は急速に加速するだろう。

 

昔から謎だった

細胞内共生はミトコンドリアが先で葉緑体が後

そうなると動物が先で植物が後に発生したことになる。

そうした事実は確認されていない。どこでも植物化石が先に見出される。

そもそも有毒な酸素を発生する光合成細菌が出現したため

生き残りを図って酸素を活用するミトコンドリアを取り込んだ。

または寄生を許した。そういうストーリーではなかったか?

 

古細菌の中でも葉緑体だけをもつものなんていない。

だから火山の火道の中とか熱水噴出口奥深くとか

とんでもない場所に生きていてエネルギーを獲得してる。

生存最適温度が300度という強者もいる。

葉緑体だけの生き物は確認されていない。多分いない。

 

菌類ではかなり自由に共生関係の入れ替えが行われていたのではないか?

というより共生関係が先で

細胞内組織になったのは

多細胞生物になった後の出来事だったのかも。

サンゴ礁の出来事はその可能性を感じさせる。

その時藻類のミトコンドリアは追い出されてしまった…のかな?

 

ミトコンドリアは自分のDNAの殆どを細胞核のDNAに移しておきながら

自分の中にもDNA一部を残しておく。

その必要性はどこにあるのだろう?

追い出されたときの準備なのだろうか?

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IKEDA Yutaka

 

2004,4,8 いも

I.M.Oを聴きに行く。休憩の時ジャガイモの話しが少し出た。

話しに加わろうとしてふと日本にジャガイモがいつからあるか気になった。

 

「謎のアンデス文明」しばしばそう表現される。

アンデス文明を育んだ中央アンデスはまた

ジャガイモを始めとしてトマト、トウガラシ、タバコ、

インゲンマメ、ピーナッツ、サツマイモ、カボチャ…

現在あまりにも身近な耕作植物の原産地でもある。

わたし達の生活には謎の文明が深く入り込んでいる。

 

ジャガイモは16世紀になるまで中央アンデス以外のどこにもない植物だった。

当時ジャガイモを初めて見たスペイン人シエサ・デ・レオンは

「トリュフに似ている」と記述している。

地下で育ち、殻も種子もない塊状の食べ物はキノコとしか思えなかったのだ。

彼等にとって食べ物とは肉、そして穀物のことだ。

従って、アンデス文明の文献の中でイモの記述は少ない。

むしろ、主食をトウモロコシとしている。

文明は定着によって発展し、定着をもたらしたものは農耕であり

農耕とは即ち穀類の育成でなければならなかったのだ。

何故なら自分たちの文化がそうだったから

ヨーロッパは麦。日本の米は殆ど神格化されている。

「アンデス文明はいわばトウモロコシ文明であり…」こうした記述は

民俗学が盛んになり現地調査も行われるようになったはずの70年代まで続く。

広い面積を使って耕作され市場でも沢山の種類、量のジャガイモが売られていても

それらはきれいさっぱり無視されている。「いもなんて…」

トウモロコシはコロンブスによって持ち帰られており

それに何と言っても穀物だ。食べ物として認識しやすかったのだろう。

しかし、現在もTVなどでアンデスが映し出されてもトウモロコシ畑を見ない。

トウモロコシを全く食べないわけではない。

が、アンデスの主食はジャガイモであり、ジャガイモだった。

現在1000を越す種類のイモが栽培されている。

 

中央アンデス高地に見出されているジャガイモの野生種は

Solanum raphanifoliumという小型のスミレ程度の大きさの植物で

紫色の可憐な花を咲かせ、小指の先ほどのイモを付ける。

これにはソラニンと呼ばれる毒が多く、食べられない。

ジャガイモはトウガラシ、トマト、タバコと同じナス科に属し

1500種以上の種を含むソラヌス属に含まれる。

このうち150種ほどがイモを付けるが栽培種は8種しかなく

世界中で栽培されているのは1種に過ぎない。

他は中央アンデスのティティカカ湖付近の限られた地域に分布している。

ジャガイモのイモはむかごが地下に潜ったもの。そう考えると分かりやすい。

地下茎はストロンと呼ばれ、その先端にイモ(塊茎)ができる。

このストロンが根でない証拠としては先端が地上に出るとそこから葉や花が出来る。

 

矛盾することを書いた。1000を越すイモ。

イモを付けるソラヌス属150種ほどのうちの8種が栽培種。

中央アンデスは明瞭な雨期と乾期が存在する。

このような気候条件の土地では多くの植物がイモを作る。その方が安全だからだ。

カンナ科のアチラ、マメ科のアヒバ、キク科のヤコン、カタバミ科のオカ、

ツルムラサキ科のオユコ、アブラナ科のマカ、オシロイバナ科のマウカ

など、日本では考えられない種類の栽培種のイモが存在する。

彼等はどのようにしてこのイモ類を見出したのか。

イモはイモから増える。つまり無融合生殖を行う。

これらの栽培種は殆どが多倍体の染色体数をもっている。

つまりタンポポやシダで書いてきた「都市型」の特徴を持ち合わせている。

中央アンデスには紀元前約8000年以降の洞窟遺跡が知られている。

この付近に生息するピクーニャというラクダ科の動物は限られた縄張りを持ち

移動性も低く、何よりも繁殖力が高く豊富に存在していた。

「ハンター」達は農耕以前に高い定住性をもって生活していた。

人が定住する土地には他の自然界にない環境が生まれる。

「都市型」の植物はそうした人臭い環境を好む。

定住したモンゴロイド達は必然的にイモを付ける植物を見出すことが出来た。

これらから毒を抜く技術を開発し、栽培を始め、

雑種化や突然変異によってできた多倍体の大きな、毒のないイモを見出すのに、

数千年の年月はそれほど短すぎるとは思えない。

毒抜き、毒消しの技術にはありとあらゆる手段が使われ、興味が尽きない。

最初に栽培されたジャガイモはSolanum stenotomamという種のジャガイモだった。

栽培が拡がる中で地域的な変異が生み出され、

やがて畑の中から4倍体の大型のイモを付けるジャガイモが現れる。

Solanum tuberosumと呼ばれるこの種はアンデスのほぼ全域で栽培されるようになり、

現在、世界中に広く栽培されている。

 

ジャガイモも他の耕作植物とともにヨーロッパに持ち帰られているが

主に花の可憐さ、地下にイモをつける珍しい植物として

花壇に植えられていた。

ヨーロッパから更に、当時の植民地にも園芸植物として拡がってゆく。

ここで歴史の皮肉がある。

タンボーラ、メラピ、クラカタウ、浅間山などの火山噴火の影響か

世界的な寒冷期を迎える。日本でも天明の大飢饉は有名だ。

何度も襲う飢饉を救ったのはジャガイモだった。

ジャガイモは食べ物として認知され、とりわけ

北ドイツ、北欧を中心に積極的な栽培が行われるようになった。

アイスランドではジャガイモの生産が開始されてから人口が4倍になっている。

 

時代が下りすぎた。

初めて文献にジャガイモが登場するのは1592年、長崎のオランダ船の積み荷の覚書。

日本人に手渡されるのは1598年。実に100年の年月をかけ、

中央アンデスからアンデス全域、そしてヨーロッパをへてオランダからジャワ、

そして長崎へ。ジャガイモはようやく日本に辿り着いた。

この頃の用途は主に家畜の飼料としてだった。

ちなみにポルトガル船が種子島に漂着し、鉄砲を伝えたのは1543年。

鉄砲伝来から50年後にヨーロッパ人によってジャガイモが伝えられた。ちと驚いた。

食用として用いられ始めるのは更に時代が下り1644年くらい。

寛永年間を待たなければならない。

やはりそれも飢饉の際の飢えをしのぐ食物であって

家畜のえさを仕方なく食べる。そうした抵抗感が根強かったようだ。

青木昆陽がすでにジャガイモが全国的に普及していたにも関わらず

あまり馴染みのなかったサツマイモを持出したのはこの事情があった。

未だに日本は世界的にもイモ類の消費量が少ない。

 

ふと思う。地球上にはイモを選んだ人々と穀類を選んだ人々がいる。

この違いはかなり大きい。

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IKEDA Yutaka

 

2004,4,4 桜は私を待っていた。訳じゃない。

谷中霊園に行く。来週は滝山城址公園に行く予定。

これでは全くお花見ツアーだ。

お花見ならば上野公園に行き不忍池から暗闇坂を過ぎ寛永寺へ

言問通りを渡って桜並木に沿って谷中墓地を歩き芋坂から紅葉坂を経て

浅倉彫塑館などちょっくら覗いて帰りに「いせ辰」で江戸千代紙を眺める。

(ここゴッホの『タンギイ爺さん』の背景で唯一分からなかった朝顔の絵を

売り続けている店だ。よもや千代紙とは研究者も思わなかったらしい。

このことを宣伝するわけでもない。粋ってもんを感じる。)

このコースが好きだ。行けども行けども桜。猫どもものんびりしている。

滝山城址公園も穴場。360度桜に囲まれしかも人が少ない。

 

このところ寒い日が続き咲き始めた桜も停滞気味

明日あたり満開になるだろう。

そうか、わたしが行くのを待っていたのだな。勝手にそう判断した。

 

お花見もしよう。

 

花に浸りつつ、やはりわたしの目は地味な植物に向かう。

お彼岸を過ぎたばかり。そのせいか除草剤の匂いが凄い。

伐採されてしまった木々も多い。

都の緑地として指定されているのだが墓地との共存は上手くいってないようだ。

都内では珍しかったエイザンスミレの群落はなくなっている。

昨年確認した在来タンポポの群落も見当たらない。

フェンス沿いに沢山あったシロバナタンポポも点在するのみ。

お墓の持ち主としては致し方あるまい。そうとも思うが

目が痛くなるほどの除草剤の充満。

自然を排除するのもいい加減にしろ!やはりそう言いたくなる。

 

環境問題は「人間対自然」そう思われている。わたしはそう思っていない。

そう書いておいてわたしの考えを書いていない。

気になり続けているのだがもう少し後にしたい。

里山という言葉が流行っている。意味はわかる。

昔からある言葉では山里があった。

里山はあくまでも都市から山を見ている。そうした視点がある。

だから次に都市の中の自然に目が向く。

山里に一度戻ろう。高尾山に行ったのはその意味もある。

山里と言うより山都市そう言ったほうが適当かもしれない。

自然の中の都市。あまり省みられていない。

その視点からも見たかった。

分かりやすい植物から実例を挙げて…

できれば地震災害や火山災害も環境問題だとそこまで言いたいのだが。

このまま行くと地質に戻れるかどうか怪しくなってきた。

戻れなかったら、それもそれで致し方あるまい。

 

昨年謎だったスミレの矮小種とヒメスミレの区別がようやく付き始めた。

スミレの場合葉と葉柄がはっきり分かれている。

ヒメスミレでは葉柄の部分に1ミリくらいのひだ状の葉が続く。

どういう訳かヒメスミレは石垣の間や墓石のすき間に多い。

蟻が運び込んだのだろうか?

他ではどっさり見るタチツボスミレが少ない。

コスミレ(かなり大きい)アリアケスミレがかなり見られる。

 

花見客がどっさりいた。

わたしも花見をした。

桜でなく、スミレだった。

スミレをみるなら谷中霊園は最高だ。

 

来週は山里に行ってみよう。花見の穴場滝山城址公園。

見物はやはりタンポポだろうなぁ。

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IKEDA Yutaka

城山城址公園から大和田砂漠へ

タンポポの第一人者に在来種と雑種の区別を教わるはずだった。

起きたときにはぎりぎりの時間。

駄目でした。待ち合わせ場所にだれも居ない。

 

坂道を歩くとムラサキケマンが咲いている。

ちょっと花の色が薄い。

タチツボスミレもキュウリグサも咲いている。

キュウリグサはタビラコとも呼ばれているが

キク科のコオニタビラコが春の七草のホトケノザであることから有名になり

影が薄い。薄青い花をつけるハコベ。そう思っている人もいる。

こういう混乱があるからわたしは学名の方が好きだ。

だが、学名を出してもあまり通じない。

ずらっと名前を出したがこれらは皆、発芽の時全く分からなかった。

図鑑を見ても大抵花が出ている。仕方なく花が咲くまで待った奴等だ。

 

さて、昼飯と飲み物を買っておこう。…財布がない。

そう言えば西武線の中で使った記憶があるシャープペンシルもない。

やっちまったか…。

 

坂道を往復。どうしても気になって礫層の写真を撮る。

石の並び方からは流れの方向を推定することが出来ない。

上部の火山灰を詳しく見たいが何故か今日は人が多い。

諦めて、段丘面まで登る。提灯が出ていた。「花見祭り」

もはやここも穴場ではなくなってしまった。

以前来たときは誰も居ない場所でいちめんの桜を堪能できた。

今年は北島三郎の弟子というのが唄っている。屋台まで出ている。

 

古峰の道に降り池跡に向かう。

人はいるもののここは静けさがある。

斜面に一面のタンポポ。外総包片が全て閉じている。

 

ここで試したいことがあったのだ。

外総包片が閉じているタンポポにも外来種の雑種が見いだされている。

形態ではなかなか区別が付かない。

雑種は3倍体の染色体を持つ。従って花粉の減数分裂が上手く行かない。

顕微鏡などで見ると在来種の花粉は大きさが揃い、形も丸い。

外来種との雑種は大きさが不揃いで形も歪んでいるものが多い。

以前スライドグラスに花粉を付けてルーペで覗いたが良く分からなかった。

今回、単語カードを持ってきた。墨汁で黒塗りしてある。

これにプリットを塗り花粉をくっつけてみた。

何万円もする携帯顕微鏡がなければタンポポ調査も出来ないのでは困る。

これを岩石用ルーペで覗く。遥かに良く分かる。

種子の色は砂目〜灰褐色。

ここのタンポポはどうやら在来種のようだ。

種子には鋭いトゲがびっしり並んでいる。これで引っ掛かるのだろう。

いろいろな仕掛けがしてあるんだなー。

頭状花も大きく、外総包片にあるツノのような小角突起も発達している。

カントウタンポポと見て間違いなさそうだ。

 

しかし、やはり顕微鏡に比べると倍率が小さく確信が持てない。

どこかに外来種はないものか。斜面を夢中で駆け回る。

外来種には花粉を生産しないものも見い出されている。

花粉を採取し、細書き修正液で日付番号を記入し、写真を撮る。その繰り返し。

やけに頭状花の大きな個体がある。花粉は糊にくっつかない。

外来種か!めしべをルーペで見る。花粉がごっちゃり付いている。

花の時期が遅かっただけだ。これは気を付けねば。

 

やはり在来種のある場所は在来種ばかりだ。

気が付くとくたくたになっていた。

道に戻り、館跡の切り株に腰をかける。

かなり新しい切り株だ。

途中で年輪の幅が狭いところがある。

そう言えば先週谷中霊園に行ったとき昨年切られたという切り株にもあった。

この切り株も外側から25年のところで急に狭くなり15年のあたりまで

徐々に拡がってゆくパターンが読み取れる。

年輪の幅は単純に気候と結びつけることは出来ない。

けれど同じ年代で違う場所に同様の傾向が認められる。

これは何を意味しているのだろう?

同じように年輪幅が広いほうが南。というのも俗説で

この切り株は道のあるほう。つまり東側が広い。

周りの植生によっても影響を受けるらしい。

 

この屋敷跡には全くタンポポはない。

池から道までの斜面には夥しいタンポポがある。

まばらな桜の下にはスミレ、ムラサキケマン、スズメノエンドウなどが沢山ある。

2mほどの道にはコウゾリナ、オドリコソウ、ササが僅かにあり

それを隔てた屋敷跡は植生が乏しく、スミレ、ヨモギなどが生えている。

在来タンポポは植生の豊富な場所を好むことがここでもわかる。

 

近道を見つけバス通りに戻る。

ここは思いもかけず興味深い場所だった。

いきなり外来タンポポに出会う。

当然花粉を採取。

ほんの10mくらいのところで空き地があり、タンポポびっしり。

ここは在来種。

大通りにポツンと咲いているのが外来種。

草の多い空き地に咲いているのが在来種。

勿論これはかなり大ざっぱな見方で大通りでも在来タンポポを見つけた。

純心女子大のバス停までかなりの数の外来種と在来種の比較をすることが出来た。

バス停では、ありました!外総包片がほんの少し開いているだけのタンポポ。

ちょっと見ただけでは在来種に見える。花粉を見ると不揃い。典型的な雑種だ。

 

丁度、バスが来た。

窓からタンポポを眺める。

急速に在来種が少なくなってゆく。

そう言えば泉くんもさそったのだった。終わったら電話してくれ。そう言われていた。

浅川の辺りで降りて泉宅に向かいつつ電話する。

全く出ない。

辿り着く。夕方の風が空腹の身体にきつい。

寝てるのかな?外からまた電話する。出ない。

河原を少し歩いてノカンゾウなど見ながら八王子に向かう。

風が砂を飛ばす。ここは大和田沙漠だ。

ついに今日は誰にも会わなかったなぁ。

 

携帯に電話。花見をしているところだ。と元気な声があった。

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IKEDA Yutaka

ありゃ

飢えと疲労。

オアシスの不在。

にもかかわらず沙漠を渡り終え

うちに帰ったわたくしは

ふだん使っているかばんの中に

大切そうにしまわれている財布とシャープペンシルを発見いたしました。

 

布石だけ打っておいてオチを忘れるとは

もはや…

ボケ以外の何物でもないですな

 

だが、明瞭に覚えている西武線の中で使ったという記憶は

一体何?

 

かつ、いくら谷中霊園に行った後とは言え

滝山城址公園こそ典型的な里山ではないか。

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IKEDA Yutaka

2004,3,28 都市はあまりに細く長く山頂まで延び

最初に訂正及び補足

タンポポの染色体のワンセットは8本

従って2倍体が16本。3倍体は24本の染色体を持ちます。

またセイヨウタンポポ(Ruderalia)とアカミタンポポ(Erythrosperma)

に分けられているのは外来種です。分かりにくくなっていました。

さらに

前回の「ツユクサは放射能によって花粉の色が変わる。」

これ、「ツユクサは放射線によって花粉の色が変わる。」だよねやはし

萼が額になっていたり、そもそも無知無謀なことも書いてあるので

訂正はしないつもりだったが、何故か気になる。

 

登山日和、ではない高尾山。沢が深くなったらしんどいなぁ…。

そう思っていたのだが、取り越し苦労。

沢まで降りる必要があまりなかった。

 

昨年登山道で(と言うより手前で)ベニシダを見た。その記憶がうっすらとあった。

昨年は登山道に辿り着けなかったのだ。

泉くん達には坂道で余裕で追い付ける。

そう思ってじっくり草を観察していたら、甘かった。

彼等は引き返してくるではないか!いや、ホント予想できませんでした。

 

ベニシダと言われて姿をイメージ出来る人は少ないかもしれない。

しかし、たぶん大抵の人は見てるはず。

日本庭園では必ずと言ってよいほどベニシダが植えられている。

そこから逃げ出してきたのか様々な場所でベニシダは都会生活を謳歌している。

これも近年在来種と外来種の交代現象が認められ、

3倍体の外来種が2倍体の在来種に置き代わっている。

しかもタンポポ同様雑種の存在も確認されている。

無融合生殖だが種内変異が大きくなかなか同定が難しい。

今の時期だと若芽が開き始める。これが鮮やかな紅色をしている。

可愛らしく、かつ同定に時間が掛からない。

 

『雑記』にツクシの話しが書いてあった。

これがスギナの胞子体であることは良く知られている。

ワラビやゼンマイを含めシダとして認識されているものはツクシに相当する。

大きな葉を持つのはシダの胞子体。言わば生活史の半分しか見ていない。

胞子嚢の中で減数分裂し、胞子体の半数の染色体を持つ胞子は

発芽すると1cm位のハート型の前葉体とか配偶体と呼ばれるものになる。

これも胞子体の半数の染色体を持つ。ちょっと見ただけではコケとしか思えない。

根元には卵子を作る造卵器が集まり、先端付近には精子を作る造精器が集まっている。

精子は泳いだり流されたりして卵細胞に辿り着き受精してまた胞子体になる。

今の季節はまだ胞子が成熟しておらず、精子も作られていない。

歩くことによってそれらを運ぶ可能性は低い。

そして何より植物が育っていないので薮漕ぎをしなくて済む。何よりの季節だ。

 

シダ植物が登山道と沢の間でどのように分布しているのか、それを見たかったのだ。

多倍体で無融合生殖の外来種

都市に適応した植物の共通点としてそれがあるのではないか?

 

結果を言ってしまうと、予想通り。当たり過ぎたと言ってもよい。

 

山菜取りの人を侮っていないが大抵の人は登山道だけを登る。

受精が水の流れに大きく左右されるシダは尾根を越えることはあるまい。

ならば、沢と登山道付近でシダの種類は大きく違うはずだ。

というのが予想。

当たり過ぎと言うのは、登山道を10mも離れないうちにベニシダはなくなり

ワラビ、ゼンマイを除くと地面から生えるシダそのものが極端に少なくなる。

代わってシノブ、ノキシノブなど他の植物に着生するシダが多くなり、

沢に面した岩肌が露出する所にはイワイタチシダが多くなる。

その他、名前の分からないシダどっさり。

 

沢筋に沿ってイワイタチシダが山頂直下まで分布している事は沢登りをしたとき確認。

だから着生種が多くなるところまで確認すればよかろうと判断して

大体100m間隔でこの分布の帯が続くことを確認した。

この分布とはどういう分布か?

 

シダ類は他の生物との関わりが比較的少ない。

その分だけ考えを省く事が出来る。これがシダ類に目を付けた理由。

また外来種はシダ類では少ない。ベニシダはその外来種の好例だ。

外来種は3倍体が多いことが知られている。

ワラビ、ゼンマイなどは2倍体と3倍体が混在している。

またどういう訳か着生植物には無融合生殖が少ない。

イワイタチシダは有性生殖する。

即ち、登山道から離れるに従って

多倍体の無融合生殖→2倍体の有性生殖

という分布の帯が山頂直下まで追跡できる。

 

高尾山の登山道はかなり整備されたもので道幅も広い。

しかし、樹林帯の中に作られたものであり

更にベニシダは登山道を10mほど離れた場所にも存在している。

と言うことは逆に樹林帯の中に侵入していることを意味する。

日照などの違いによる影響はとりあえず無視できると思う。

 

登山道手前の幅の広い道路では脇の斜面を除くと殆どベニシダは存在しない。

 

ベニシダでは形態の大きく異なる6つの型を区別することが出来た。

これらは狭い範囲ではまとまって生えているが

大きな群落をひとつだけ作るのではなくおおまかに見ると散財している。

離れて生えているものが同じとまでは言えない。

詳しく見ると全てが違う型なのかもしれない。

 

ベニシダの消え方は非常に印象的で下草の少ないところだけに生えている。

下草の種類が増え、植物相が豊富になると急に消えてしまう。

ドクダミの小群落があると大抵その先にベニシダはない。

 

この事から何が分かったかというと、何も。…否定要因が多すぎる。

 

大体このベニシダは在来種なのか外来種なのか、それすら分からん。

けれど消え方が気になるのだ。何となく都会的。

春は雪解け水もあり、雨も降ったというのにあれだけ登りやすい登山道。

整備が行き届いている。

行くまでは登山客の足に胞子やたまに精子などがくっついて登った。

そう考えていたのだが、整備業者の工事で土ごと運ばれたのではないか。

だんだんそう思い始めた。

資材を置くために下草を刈り取ったと考えると

ベニシダのある所の下草の貧弱さも納得できる。

工事で裸地状になったところに外来3倍体のベニシダが入り込んだのではないか?

(どうしてもわたしは外来種にしたいらしい)

 

疑問は残る。

3倍体だとすると有性生殖は行われない。

無融合生殖により母方の形質がそのまま伝えられるはずだ。

そうなると形態変異の多様さは何故生じるのだろう?

たぶん異なるクローン群なのだろう。

雑種も確認されているという。

3倍体のベニシダは胞子の段階で減数分裂が上手く行かず

前葉体も胞子体と同じ3倍体の染色体数を持つ。

この前葉体で作られた卵細胞は精子の介在を待つことなく発芽し

3倍体の胞子体を作る。

どこかで有性生殖への回帰が行われなければ異なるクローン群が出来ない。

また、雑種が出来るチャンスがない。

 

クローンでは精子は作られているのだろうか?

作られているとしたらそれはただ無駄に作られ続けているのだろうか?

 

また図書館に行ってみよう。手に余る。

これらを観察できる環境にわたしはいない。

 

疑問が増えてしまった。

しかし思いのほかベニシダの分布域が狭いのには驚いた。

野生動物の足に胞子がくっついてもう少し奥まで入り込んでいると予想していたのだ。

関与しているのは人間だけなのかもしれない。

つまり胞子などを運ぶことより土地に加えられる改変の方が影響が大きいようだ。

 

予定していなかった山頂まで辿り着くことが出来た。

ヒメジョオンの芽が出ていた。

ここは疑いもなく都会だ。

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IKEDA Yutaka 

2004,3,19 性を捨てよ、街にでよ!

とても大ざっぱな書き方をした。

在来タンポポは2倍体、外来タンポポは3倍体、もしくは多倍体。

そう誤解されかねない。が、そのまま進めてしまう。

(本当はそうは割り切れない。)

 

生命は30億年かけて性という自己保存の方法を選択した。

異質なるものが融合することで種の中の多様性が保たれ、発揮される。

クローンでは全く同じものしかできない。

たまたまそれが今の環境に適応するものであっても環境は変わる。

変わったとき、どうなるか?

一気に全滅の可能性もある。

つまり環境変化への柔軟性に欠ける。

 

多倍体の外来種は折角手に入れた性を放棄してしまった。

 

進化のセオリーから外れた、無謀な賭けに打って出た。

そうとしか思えない。

しかし「身の回り」のタンポポは外来種ばかりになった。

見事な大当たりだ。

 

勝算はどこにあったのだろう?

 

外来種と在来種を比べてみると

外来種は見るからに強そうだなぁ…という気がする。

でかいし、種子も沢山付ける。綿毛に比べ種子が小さいので遠くまで飛べる。

カンサイタンポポなんぞタンポポというより黄色い小さな菊の様な気がする。

頭状花序が小型で、圧倒的に花の数が少ない。(花びらに見える奴の事だ)

在来種の場合、あまり遠くまで飛んでも無意味なのだ。

自家受精しない。ということは孤立すると殖えることが出来ない。

以前マイマイカブリが1200万年前の分布を未だ保っている話をした。

このことからも類推できるように、多くの昆虫の生活範囲は狭い。

ハチやアブなどが他の花から花粉を運んできてくれる範囲にどうしても落ちたい。

遠くまで飛べないことは、いちがいにマイナス要因とは言えない。

 

が、ここで外来種にとって性を捨てた成果が発揮される。

無融合生殖で殖える外来種は孤立しても全く構わない。

いわば群れから開放されている。

しかも外来種はいつでも花をつけ、種子を作り、すぐに発芽する。

一斉に開花する必要もない。花粉を必要としないのだから。

秋、更地にポツンと咲いているタンポポを見たら外来種と判断してほぼ間違いない。

 

有性生殖による世代交代には最低でも1年を要する。

現在の地球温暖化が「激変」と言われるように

ふつう環境変化は徐々に進行する。

このような変化に対しては有性生殖は機能を充分に発揮できる。

 

さて、都市は自然を徹底的に排除する。

この1年の間に地震研構内では4回草刈り業者が入った。

ここで興味深い挙動を示した植物があった。

コニシキソウ。

どうしてもあの相撲取りを連想させてしまう名前だが

1cm位の楕円形の葉をもち、中央が紫、縁が緑。

大抵の人は見たことがあるはずだ。これも帰化植物。

この植物は優性遺伝子として直立型の形態を持つ。つまりふつう立っている。

2年前確かにその形態が多かった。

しかし頻繁に草刈りが行われた結果、

劣性遺伝子として不断は発現しにくい匍匐型、

つまりイチゴのように地面に貼り付いて成長するものばかりになった。

他にもメヒシバやツユクサも地震研では地面を這いつくばって生えている。

背の高い奴は刈り取られ、低い形態のものばかり生き残った。

今年観察したところでは発芽の段階から既に匍匐型ばかりだ。

草刈りという行為が淘汰圧となって意図しない品種改良を行?いる。

ツユクサは放射能によって花粉の色が変わる。

ここのはどうかな?花を見て驚いた。花粉を作っていない。

結論を言ってしまうと

コニシキソウ、メヒシバ、ツユクサ全てが無融合生殖を獲得している。

匍匐型こそとらないがヒメジョオン、シャガ、スミレ…

都市に適応した植物の多くが無融合生殖を行っている。

と同時に雑種を形成し…タンポポと同じではないか。

 

在来タンポポは初夏にも発芽するが多くは秋発芽する。

冬を越し、周りの植物がまだ活発にならない春先から初夏にかけて成長し

周りの植物に覆われてしまう夏はすっかり葉を落としてしまう。

種子も株も夏には休眠してしまう。

そのようにしてゆっくりと成長し

種子を付けるようになるまでに2〜3年かかるものもある。

夏休みをとることで他の植物が繁茂する場所でも生き続けることが出来る。

外来種にはこの性質が見られない。

だから他の植物がある場所には入ってゆけない。

背の低いタンポポは夏に他の植物に覆われ、光合成が出来にくくなってしまう。

 

タンポポ調査結果を聞いていて、在来タンポポが生えている家の庭で

それだけを残して他の雑草を引き抜いている。そういう例が多くあった。

…気持ちはわかるが、うーん…外来種の味方してる。

 

60年代の「身の回り」と今の「身の回り」で著しく異なるのは

草ボーボーの原っぱやまばらな落葉樹からなる雑木林がいかに減ってしまったか。

かつて夏には道を歩いていると草の匂いがしなかったか?

育生地として記されている「道端」の意味が全く違っていないだろうか?

 

都市では、育成条件としての土地の改変の早さは

もはや有性生殖では追い付かなくなっている。

 

外来種にとって日本の自然はそれほど居心地の良いものではない。

植物相は豊富で、ほんらい荒れ地が少ない。

夏の乾燥によって多くの外来タンポポは枯れる。

 

凄まじいスピードで変化し、いつなんどき地面が掘り返されるか分からない

そうした都市の環境には、性を放棄し、いつでも種子を生産し、大量にばらまく

その非常識な賭けがとりあえず見事に当たった。

同時に雑種を作ることで有性生殖に戻る手筈も調えている。したたかだ。

けれど視点を変えれば自らの遺伝的独自性すら放棄しているのではないか?

苦し紛れの生き残りを試みている。そんな気もしてくる。

 

これを書きながらふと思い付いたことがあって

日曜日あたり高尾山に行こうかな、そう考えている。

昨年泉君達と野草を食べた。

その時浅川の河原と畑を見ていて、耕すというのは荒れ地に戻すのだな。

突然そう気が付いた。

気が付いたと書くのも恥ずかしいほど当然のことだが、田畑も都市なのだ。

同時に、高尾山の登山道に妙に外来種が多いのも気になった。

たぶん高尾山の登山道は都市がにゅるにゅるっと触手を伸ばした

そんな土地なのではないか。

沢を登ったときはそんなに外来種の多さに驚いた記憶がない。

登山道と小さな尾根を挟んだ沢を行ったり来たりするつもりだ。

 

主な目的はシダ。

山頂までは辿り着けないだろう。

--

IKEDA Yutaka

 

2004,3,17 タンポポ話続編

このところ白金台の植物園を見付けたり

(大都会の真ん中でキツツキのドラミングが聞こえた!)

針葉樹にはまったり

植物の種子にどっぷりひたったり

いくつか書きかけては中途半端に終わっていたので

自分で自分が情けなくなっておりまして

 

タンポポも長年付き合っている奴なので

あれもこれもと欲張ると本になってしまう

かなり省略してしまった。

花粉の形とか、発芽の時期とか…

けど最初5倍位の長さになったからなぁ…。

とりあえず書けてほっとしました。

 

在来タンポポはいつから日本にいるのだろう?

これは文章を書きながら浮かんだ疑問。

今、いろいろな遺跡で行われた花粉分析の資料を漁ってます。

意外に最近のことなのではないかなぁ。

作業仮説としては元禄時代に定着したのではないか。

タンポポの文献にはどれも「古来から日本に自生している」

としか書かれていない。

 

これはかなり時間が掛かりそう

 

受精を必要としない(無融合)生殖をする植物を

あれこれ思い浮かべているうちに思い付いたことがある。

タンポポから拡げてそいつを書き始めている。

 

2004,3,16 セイヨウタンポポは生き残れるか

3月7日、2003年タンポポ調査結果報告会に出掛けてきました。

 

日本のタンポポをセイヨウタンポポが駆逐している。

多くの人がそう信じている。何となくそんな気がする。

そういう概念は全く成り立たない。

 

そもそもセイヨウタンポポとは海外のどの種類に対比されるのか

一体何種類のタンポポが帰化しているのか

それすらもはっきりと分かっていない。

このごろは外来タンポポと呼ばれ始めている。

対照される日本のタンポポは在来タンポポ。

1字違いなので、ちょっと聞き分けにくい。

一応タネが灰色〜焦げ茶色のセイヨウタンポポと

桃色〜レンガ色のアカミタンポポに分けられてきた。

 

外来タンポポがいつ頃日本に渡ってきたかは

比較的良く分かっている。

牧野富太郎が1904年植物学雑誌に札幌で外来種の

セイヨウタンポポが見付かった事を紹介し、

将来この植物が日本中に拡がってゆくことを予言している。

北海道の乳牛の飼料として輸入され植えられたのが始まりらしい。

 

以来、鉄道沿線などで報告があり、60年代どっと増え

いまでは身の回りのタンポポは殆ど外来種という状況になった

 

○競争はあったか?

 

この「身の回り」というのがかなりの落とし穴になる。

つまり都市を生息環境として限定してしまう。

60年代以前の「身の回り」と今の「身の回り」を少し考えればよい。

それ以降の生まれの人には写真を探してもらうしかない。

 

セイヨウタンポポと日本のタンポポには小学生のころ何故か熱中した。

すぐ近くに両者の群落がある場面に出くわしたことがない。

両者の間に競争があったのなら共存する瞬間があってもよさそうなものだ。

そうではなく、かならず交代にはタイム・ラグがある。

分析的に考えられる年齢ではなかったのでその時はそこまでだった。

 

だから、説明にはすぐ納得できた。

在来種が好む環境が人間の手によって壊され、

その後、そこに外来種が侵入してくる。

 

外来種は荒れ地や更地にもよく見かけられる。

その意味では確かに強い。

しかし、植物相の豊富な、種種雑多な植物の生える場所には侵入できない。

日本の生態系にはなかなか馴染めないようだ。

 

つまり、日本のタンポポを駆逐したのは実は人間だ。

 

○雑種が存在する

 

セイヨウタンポポは萼がそっくり返っていて、

日本のタンポポはしっかり花を掴んでいる。

そう認識してきた。

 

ちょっと細かい補足説明。

キク科の植物は花びらのように見える一枚一枚がひとつの花なので

あれは萼ではあり得ない。

タンポポの萼はひとつひとつの花にきちんと付いていて綿毛になる。

花が集まって頭状花序を作っている。

額のように見えるものを総包片と呼ぶ。

タンポポでは2段に分かれていて

上のやつを内総包片、それを包む下のやつを外総包片という。

外総包片がそっくり返ったり返っていなかったりする。

 

この頃、この分かりやすい分類が通用しなくなってきたらしい。

蕾の頃は在来種型で花が開ききると総包片がそっくり返ったり

中途半端にそっくり返っていたり、離れるだけだったり。

訳がわからなくなってきている。

 

いや本当に訳がわからないのだ。

 

外来種の花粉には殆ど受精能力がない。

 

タンポポの仲間は16本をワンセットとする染色体を持っており

在来種の中でよく見かけられるカントウタンポポ、カンサイタンポポは

それぞれ2本で1対の32本の染色体を持つ。これを2倍体という。

われわれヒトもそうだ。

これらは有性生殖をし、かつ自分の花粉による受精が行われない。

そのほうが多様性を保てるので様々な環境に対応する能力が増える利点がある。

 

これに対し外来種の殆どは3倍体以上の染色体を持っている。

生殖細胞で行われる減数分裂(染色体を半数ずつに分け細胞分裂する)

がうまく行われない。

卵の方は減数分裂を途中で中止し体細胞と同じ数だけの染色体を持つ種子を作る。

花粉の方はもはやランダムで、様々な数の染色体を持つ。

結果的に種子は母方の遺伝形質だけを持ち、実質クローンと同じ殖え方をする。

 

性を放棄してしまっているのだ。

 

ならば何故雑種が出来るのか?

なにか合点が行かない。

行かなくとも実際に雑種は確認されているので

突然受精能力に目覚める花粉も形成されるのだろう。

 

日本のタンポポは遺伝子的にも乗っ取られつつある。

 

実はこれは外来種にも当てはまることで、

酵素などを調べて、詳しく観察してみると

純粋な外来種も少なくなっている。

 

案外セイヨウタンポポの方が先に絶滅危惧種になったりして…

 

だが、自然食ブームに乗って

外来の2倍体種がどんどん輸入され始めている現実もある。

これが野に放たれたときには本当に在来種の危機なのかもしれない。

 

ところで、万葉集にタンポポを唄ったものはない。

古い呼び名のフチナ、タナを含めて全くなし。

1695年を境に『和爾雅』『住吉物語』など

タンポポの名前がどっと文献に増える。

これはどう解釈したら良いものなのだろう?

 

--

IKEDA Yutaka

 

2004,2,14 これだこれだ

以前「驚く心、不安な心」で書いた

「層雲の一部が楕円形にすっぽり抜け落ち

ゆらゆら降りてきて、そのまま消えてしまった」

そのものの写真がBBCで報道されていた。

しばらく見ていなかった。やはりここは見逃せない。

 

http://news.bbc.co.uk/1/hi/sci/tech/3394461.stm

 

言葉ではなかなか伝わりにくいので写真を探していたのだ。

これを見た時の驚きと興奮が蘇ってくる。

みんなに見せたかったよ。

 

hole-punch cloudと言うのだそうだ。

昨年の12月11日に現れた。

冬のイギリスではしばしば見られるのかもしれない。

解説もしっかりしている。

 

それに引き換えがっかりしたのは

 

火星の土砂に丸い粒、水の存在? 探査車が撮影

http://www.asahi.com/science/update/0205/003.html

 

という朝日新聞の記事。

丸い→水

あまりに短絡的。これだけ丸い粒を記者は川とか海とかで

見たことがあるとでも言うのだろうか?

http://marsrovers.jpl.nasa.gov/newsroom/pressreleases/20040209a.html

 

http://marsrovers.jpl.nasa.gov/gallery/press/opportunity/20040212a.html

 

ではもっといっぱい見ることが出来る。

すでにブル?リーマフィン問題と名付けられているみたいだ。

丸い粒を割って、中を見たくてうずうずしている。

全く分からない。だからいろいろ想像する。

火星の気圧は10hPaくらいだ。風速は時に100km/hを越える。

どちらが影響しているのだろう?

空気が薄いとなかなか冷却しないだろうし

とすると火山灰が球形になってもおかしくはない。

風で吹き飛ばされているうちに丸くなったか?

表面がでこぼこしているのをみるとあまりそんな感じではない。

ないけど、分からんぞ…。

 

全く違う環境で作られたものには想像力を刺激される。

短絡的に分かったつもりになるより遥かに面白い。

 

少しでいいから分けてくれないかなぁ。

薄片にしてみたい!

--

IKEDA Yutaka

2004,2,11 知らない世界

怒りと失望のあまりとは言えひどい文章を書いた。…自己嫌悪

反省しております。

 

大学の時の友人と会った。『近代消防』という雑誌社にいた。

止める直前に編集した「自治体消防55周年記念-12月臨時増刊号」

を頂いた。災害年表。それならすでに作った。そう言おうと思っていた。

…いやはや大変な労作だ。眺めるだけで2日かかった。

戦後の主だった災害が解説・写真入りで網羅されている。

弱点は災害の種別に区分されていないことだ。そう本人は言っていた。

そうは思わない。時系列に沿って全てが一望できる。

そうした年表はあってよい。

解説の水準も高いし、滅多にお目にかかれない作品だと思う。

安いし(1530円)。お薦めします。

 

これをたたき台にして戦後の地震災害年表を作りたい。

あまりにも評価されなかったことと、やり残しが多い思いから

そんな提案を受けた。

話に乗ってしまった。また金にならない仕事を抱えた。

 

大多数の人に地球は存在しない。

以前そう書いたような気がする。

同じように、わたしには消防は存在していなかった。

アメリカの9.11の時、なぜ日本では消防隊員ではないのだろう。

そういう思いがかすめた程度。

被災地ですぐそばに消防の人はいた。

雲仙普賢岳で最も悲惨だったのは消防の方々だった。

報道陣にはあまり同情したくない。

そのために巻き込まれた消防の方々はあまりに理不尽だ。

とも思ってきたが、やはり消防はわたしのなかに存在していなかった。

 

知らない世界の話はショッキングだ。

その世界の人たちのありようを想像する。

そのようにして視点がひとつ増える。

 

人を助けたい。そう思って消防に入ったが、助けたことは一度もない

腕のなかで死んで行った人は何人もいる。

迫る炎の前で必死になって腕を引っ張ったが

その腕が抜けて手元に残っただけだった。

 

しんどい仕事だなぁ。

わたしたちとは全く違った意味で自然と向き合っている人たちなのかもしれない。

都市という人工空間に突出してくる災害という自然。

生と死。あるいは死んでゆく身体という自然。

その現場に彼等はいる。

 

素朴な正義感を単純に信用する気にはならない。

それが行き着く果てを歴史は何度も繰り返す。

 

しかしまた思う。防災という視点は忘れまいと思っているのだ。

けれど、人を助けたいという気持ちで被災地に赴いた経験はわたしにはない。

これまた、すこし困ったことなのではないか。

 

今年の1月19日阪神大震災の慰霊碑に向かい

「地震のない日本になりますように」と祈る人がいた。

9年経って、まだそんなないものねだりか…少しがっかりした

しかしまた、そのないものねだりが素朴な願いであることも

見失ってはならないことだったのではないか

いま、そう思いつつある。

 

わたしたちは今、素朴な世界に生きているのではない。

そのことはひどく残念なことだ。

取り残された祈りは祈りとして、残された念として胸に刻み

わたしは事象そのものへ、向かうことにしよう。

 

…Zu den Sachen selbst!…

--

IKEDA Yutaka

 

2004,2,8 見ていてつまらないのは

箱根が動いた。え?!

噴火記録なし。しばしば群発地震(by 理科年表)

とは言え予想はしていなかった。

生きていたんだなぁ…少し嬉しかったりする。

 

何が言いたいか。フットボールの話しだ。

 

ここにこういうパスが出るんじゃないかなぁ…

その通りの展開になる。それが続くとつまらない。

マレーシアのほうが少なくとも立ち上がりの時面白い動きをしていた。

勝った試合なのだが無残な試合を観た後のような不愉快な感触が残った。

 

本山と久保の間にコミュニケーションがないのが気になった。

同じチームでプレーしているとは思えない。

 

久保はたった今シュートミスをしたような

悔しそうに口を開け、遠い目をした表情で終始プレーしている。

本山はただひたすら焦りまくっている。

2トップの連携というものが全くない。

 

そしてお決まりの肝心なところでのトラップミス。何回あったのだろう。

 

アメリカ大会のときのオランダ

相手ゴール前でクライファートやダーヴィッツなどが激しく速く動き回り

パス交換をしてディフェンスを崩そうとしていたとき

ベルカンプは全く動かなかった。全ての力を抜き顔も動かさず目でボールを追うのみ。

どのようなボールが来ようといかなるプレーも可能だ。オレニボールヲ!

そのシーンは強烈に記憶に残っている。

 

広い視野。状況判断。想像力。感じあう。

それらが感じられない。

それらがなければ意表を突いたプレーなど生まれる訳が無い。

当たり前のところに、当たり前のように選手が入ってきて

当たり前のようなパスが来る。

ディフェンダーがそれを読むのは簡単なことだ。

 

ドイツ大会ではドリブラーがキーになるような気がしている。

ドリブルで突っかけ、或いは突破し

ディフェンダーのバランスを崩さないかぎり

パスだけでは通用しない。

 

ディフェンダーが予想しなければならない選択肢

ボランチからのセンタリングかポストプレーか、

そう見せかけてのドリブル突破か或いは…

選択肢が多ければポジショニングに迷いが生じる

攻撃の可能性はその分だけ多くなる。

 

予想不能なプレー

ファンタジスタを語るとき何度もこの言葉を選んだ。

そいつを見たいのだ。

思わずイエー!と叫んでしまうようなプレー

 

久し振りにフットボールを見た。

それがあれではなぁ…

--

IKEDA Yutaka

 

2004,2,1 春だね〜

今年は春の草花の発芽が早い。そんな気がする。

 

昨年の成果はスミレが一年中花を付けていることを確認できたこと

と言っても閉塞花。花びらが見えるわけではない。

地面すれすれに言わば蕾のまま中で自家受粉を行い種を付ける。

 

1月初旬、妙な植物を見つけた。

三角形の葉が3枚、細い茎に付いている。

妙なのは先端が平らな三角形であること。色が全くの紫色をしていること。

午前中は葉が閉じているのだが、裏に黄色い斑点がある。粉っぽい。

これは葉か花か?

雄しべも雌しべもないし、散りもせず、ずっと付いているところを見ると

葉であることは間違いないだろう。

子葉なのかもしれない。どのように変化するのだろう?

 

最近まで全く変化しなかった。

大きさも色も茎の高さも何もかも変わらない。

 

そのうちにこれは蛾の擬態なのではないかと思い始めた。

葉の閉じ方、裏の黄色い斑点など、かなり蛾やセセリチョウに似ている。

昆虫が植物の擬態をする例は良くあるが逆は考えてみると初めて見る。

これがもし本当に擬態なら、の話し。

擬態は誰をだまそうとしているかによって変わる。

人間が全く気が付かない擬態というものもあるのかもしれない。

トビムシがやたらにツノだのコブだのを付けていてとんでもない形をしてる。

そのことは以前書いた。

最近、背中にシロアリそっくりのコブを付けたトビムシの存在を知った。

こういう形態の進化はどのように進むのだろう?

 

閑話休題。これだけ特徴的な植物ならすぐ名前がわかるだろうと思っていたが

いまだ分からない。

小さな図鑑には載っていない。何となくそれ以上調べる気がしない。

 

弱い植物だったらしく、裏の斑点を撮るためにひっくり返した奴は

しおれ始めている。済まないことをした。

 

ふと、周りを見回してみると若い植物には意外と赤っぽい色が多い。

たぶん葉緑素よりエネルギーを使わず作ることが出来る光合成する物質なのだろう。

 

このごろ三角形の葉が急速に緑色になりつつある。

春を感じてしまった。

さて、こいつらはこれからどのように成長してゆくのだろう?

 

新しい職場になる海洋研に行く。

「深海堆積物と生物を探る」という航海の募集が行われていた。

5年間の航海。少し前ならもう応募しているところだ。

面白いだろうなぁ。…まず無理だろう。ちょっと淋しかった。

おとなになると不自由になる。

ま、半世紀にわたってこどもで生きてきたのだから

幸福だったと言えば言えなくもない。

 

1月は本ばかり読んで暮らした。何も考えなかったに等しい。

驚いたり、唸ったりしていた。

それをそのままここで紹介しようかとも思ったが

もう少し面白いことが起きそうな予感がある。

その時に紹介しても遅くはなかろう。

 

この前ちらっと紹介したバージェス動物群の写真集をつらつら眺める。

これは、もしかしたらそれほど異様な動物群ではないのではないか。

単なる深海底の動物達なのではないだろうか。

このごろそんな気がし始めた。

三葉虫類は普通の化石と同様足が取れているものが多いのに

「怪物」と呼ばれる妙な生きもの達はあまりにも保存状態が良い。

三葉虫とは違う環境に生きていて、あまり流されずに化石になったのではないか。

こんどの航海に行けば、それを肉眼で実際に確認できるかもしれない。

そう思うとちょっと辛い。

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IKEDA Yutaka

 

2003,12,31 年が暮れてゆきます

え〜、泉くんの太っ腹のご好意に甘え、しょーもない文章を書かせていただき

読者がいるのかの不安も多少(多々?)抱えつつ

読んで下さった忍耐強い方々にお礼申し上げる次第であります。

 

12月21日の文章でちと挑発し、すぐにこの連載の方向性を明確にするつもりが

わたし自身が煮詰まってしまい。

幾つかのことを同時に考えてしまう悪癖が出、書けなくなっておりました。

 

知っていることを分かっている範囲で書くということをやめ

わたし自身がリアルタイムでそれなりに格闘していることを書く

それを心がけてきましたが、大変勉強になりました。

 

わたしの小さな粟粒のごとき脳みそは

僅かなものでも充満してしまい。

余裕というものがない。

 

文章ってのはなかなかにむつかしいものです。

 

今年最後の文章ももう少し練りたかったのですが

21日で今年を終わらせるわけには行かないの一心でドタバタ書いたもので

だらだらと長く、分かりにくい物となってしまいました。

ま、これもわたしのリアルタイム。

じぶんでも良く分かっていないことを書いているわけなので、お許しの程を…

 

何も起こることなく年が暮れてゆきます。

 

何事もないってのは素晴らしいことなのだななどと気づいても

どこか淋しく、明日のことを考えると暗い気持ちになってきます。

そーとーな年寄りです。もはや…

 

少し気を抜いて、好きなこと何でも書いてみようかな

そんな気分。

それに付きあうほうは溜まったもんじゃないかも知れませんが

一応わたしなりに決めたテーマ(あるんですよこれが)からは

外れないように書くと思いますので

今後もおつきあいのほどよろしくお願いいたします。

 

2003年12月31日

いけだ

 

2003,12,31 夢の時間

書き損ねたと言いつつ気になり続けていたことは言葉にすると余計気になる

子供時代のヒーローは長島ではなくペレだった。

ファンタジスタの話だ。

 

ペレがボールを持つと何をしでかすのか胸が躍った。その日のことをまだ覚えている。

本当にファールするしか止めようがなく

彼をマークする選手は彼が靴ひもを結びなおしている間もくっついていた。

それでもパスをもらうことが出来た。

ワールドカップでヨーロッパの国々が選んだ作戦は極めてシンプルで

「ペレをピッチの外に蹴り出してしまえ」。

ボールがわたると、必ず膝を蹴りに行った。足首ではない。よけ方も卓越していた。

イエローカードは彼の為に出来たルールと言ってよい。

真っ直ぐにディフェンダーに向かう

次の瞬間、背中越しにボールが宙を舞いディフェンダーはボールを見失う。

後ろからのタックルにヒールでボールを当て、自分へのパスにしてしまう。

360°が見えていた。そうとしか思えない。

全くボールに触らないスーパープレーもあった。

ペレの前にパス。ドリブルの態勢に入る。と見せかけて自分だけ横に走る。

ディフェンダーもキーパーすらもその動きに釣られる。

ボールはそのまま。これは決まらなかった。けど度肝抜かれた。

そういったプレーは当時の『少年マガジン』とかでも

図入りで紹介されていた記憶がある。日本には歴史がなかった訳じゃない。

ガリンシャ、ジジ、今だったらスーパーだっただろう選手がいた。

けれど、やはりペレの持つ輝きにはかすんだ。

メキシコ大会の時、胸の筋肉から汗が滴り、ユニフォームに

くっきりとハートの形が現れた。子供ながら涙が溢れた。

 

彼が引退し、フットボールもつまらなくなる

そう思って何の期待もせずに行った日本で開かれたユース大会

度肝を抜かれた。少年マラドーナが国立競技場にいた。

彼の足元でボールは遊ぶのが嬉しくてたまらない子犬のように弾んでいた。

17歳の彼は既に神業を持っていた。

「世界は広い。こんなのがまだゴロゴロ居るんだ…」

そう思ったことを覚えている。ゴロゴロは居なかった。

あれ程の選手をその後見たことがない。

イタリア大会はマラドーナの大会だった。そして転落が始まる。

愛されていた彼は一転、悪者にされ憎まれつつイタリアを去った。

イタリアとのPK戦、キーパーにサインを送った。

ペナルティーキックの癖を全部覚えていたのだ。

中傷と脅迫の中で送ったイタリアでの生活は彼の精神を破壊した。

まだはっきりと覚えている。

マラドーナがドリブルで進む先にはキーパーが守りを固めていた。

走り込むカニーヒアとの間には2人のディフェンダーがラインを切っている。

ほぼ万全の守備。

マラドーナはディフェンダーの足元だけ見つめていた。

ゴール前、彼は走っているディフェンダー2人の足の間を抜くパスを出す。

足が揃う瞬間を、彼は待っていたのだ。

信じがたいプレー。夢を見ているとしか思えない時間。

あの快楽を再び体験したくて、フットボールを見ているのかもしれない。

若手は必ず注目してしまう。

 

クライフはフットボールの未来のあり方を示してくれた。

ベッケンバウアーは新しいシステムとポジションを切り開いた。

対照的なふたりが同時代にいたものだ。

ベッケンバウアーはワールドカップにとことんこだわり

選手として、監督として優勝を経験している。

クライフは全く興味を失ってしまった。理由は「レベルが低い」。

トータル・フットボールを完成させたクライフのチームは

決勝でベッケンバウアーのドイツと対戦する。

「最初の得点を上げた瞬間、…相手とのあまりの力の差を感じてしまった。

勝つことの意味が既にそこにはなかった。」

そしてフットボールはシステムの時代を迎える。

素晴らしい選手だったと思う。けれどつまらなくなった。

 

その後の素晴らしい選手達の名前は頭の中に無数に去来する。

ACミランの黄金時代を築いたファンバステン、ライカールトそしてグーリット

分かりあい、感じあうことでシステムを破壊する。

その意味ではこのオランダトリオを越える存在をまだ知らない。

パスを出す、もらう。それぞれ目を合わせているのを見たことがない。

何故か突然前だけ見つめ走り出す。何故かそこにパスが出されている。

ルート・グーリットは答えている。

「どうしてパスが来るのが分かるか?って…分かるんだ」

マルコ・ファンバステンの答え

「私の仕事はその次の(ゴールを決める)事」

彼等は分かりあい、感じあう。その次の地平に足を踏みだしていたのだと思う。

 

ファンタジスタが生まれ難くなっている。

フットボールは退化したのか。

 

俗に幼稚園のサッカーと呼ばれる。今のフットボールの事だ。

前でプレスをかけディフェンスのラインを上げることで場所をなくす。

このようなことをしなさいとルールにある訳ではない。

フットボールのルールは極めてシンプルでしかも必要な束縛がかけられている。

必要な束縛というのはカオスを生じないということで

ある程度シミュレーションが可能だということだ。

その予想の結果自律的にシステムが構築される。

ペレやマラドーナの時代のフットボールがいかにスカスカだったかは

ビデオを見れば分かる。

彼等は結構広い場所を与えられてその中で考え、動きを調え、時に遊んでる。

それをさせまいとすると場所をなくしてゆくしかない。

両方のチームがそれをやると今のような窮屈な場所の中で試合が進む。

誰かが考え出したものに違いない。けれどいずれは誰かがこれを思い付く。

自律的なシステムというのはそういう意味だ。

シンプルな束縛条件がこれほどのシステムの高度化をもたらした。

そのことに驚きを覚えずにいられない。

 

かつてのファンタジスタたちの時代にはシステムはなかったのか

そうではない。かれらはその時々のシステムの中で

自在にプレーしていた。

彼等がいなかったらシステムは安泰だっただろう。

卓越した存在なしにはシステムの変化の必要はない。

従って高度化はしなかっただろう。

 

今年バージェス動物群の写真集が出版された。

今までグールドなどによって紹介された

「バージェス・モンスター」と呼ばれる奇妙な動物はやはり当時も奇妙な存在だった。

そのことが分かった。

バージェス動物群は5億年前の生物が爆発的に多様化し始めた時代の動物達で

カナダのバージェス頁岩と呼ばれる有名な化石群から名付けられている。

ひとつ前の良く知られている動物群にエディアカラ動物群がある。

これらも奇妙な生物達で占められているのだが、それはさておき

一致しているのは移動に用いられる器官がない。動かないのだ。

バージェス動物群との違いはそこにある。

テレビなどでかなり有名になったアノマロカリスほか

かなりの動物が「動いて」いる。

何故動くか?他の生物を食べる、捕食のために他ならない。

 

エディアカラ動物群は先カンブリアの時代に属している。

この時代の地層からは化石がでない。そう思われていた。

そうではなく生物は存在したが硬い組織を持つ生物はいなかった。

捕食者のいない生態系では必要がない。

単細胞の生物は36億年前の地層からも発見されている。

バージェス動物群に代表される捕食者のいる生態系(ecological system)

が確立し、硬い組織が作られ始める。

バージェス動物群はあるシステムが出来始めるとき著しい多様化がある

そのことを示している。

突出した存在が生まれやすい。

システムが成熟してくるとむしろ多様性は減少する。

 

同じようなことがフットボールで起きたのだと思う。

突出した存在は消え、互いに補い合いながら生存を図る。

 

突出したクライフはオランダ・トリオに分裂して存在するようになり、

それが現在はチーム全体に拡がっている。

 

全体のレベルが向上すると突出した個体は埋没する。

 

ペレやマラドーナを今のシステムの中に置いたら何をしでかしてくれるだろう?

そのことを時々考える。答えは当然ない。

 

さて、システムが複雑になってくるとシミュレーションはなかなか難しくなる。

それぞれの局面での予想は可能なのだ。

だが、初期条件の少しの違いで結果が大きく違ってくる。

20世紀の最大の発見。カオスが起きてくる。

カオスは単なる渾沌を意味するのではない。

 

意外に思われるかもしれないが、自然科学はシステムをあまり理解していない。

面倒なので置き去りにしてきたというのが本当のところ。

ギフチョウはウスバサイシンやカンアオイなど食草の発芽と同時に孵化し

成長を共にして枯れる寸前にサナギになる。

このような綱渡りをどうして進化は選択したのか

見事な擬態は偶然の産物なのか

自然科学は答えることが出来ない。

せいぜいアシモ君をつくるのが精一杯だ。

 

日本代表の歯がゆさは自らが作り出したカオスに対応できないことだ。

決め事、互いのコミュニケーションは良く取れているし、上手い。

けれど、ちょっとしたプレーのつまずきで全体が崩れてしまう。

こうするとああなるはず。シュミレーションは出来ている。

こうするはずだったけど、こうなってしまった。の時、ばらばらになる。

こうなったらこうしてしまえ。それがない。

そうきたか、んじゃこうするぜ!がない。

フットボールにフリージャズがない。

頭に身体が付いて行けていないのだと思う。

 

昨年のリーガ・エスパニョーラの覇者バレンシアの試合には事件があった。

最初あまり登場しなかったアルゼンチンのパブロ・アイマール

この選手がピッチに出ると途端に選手の動きが変わった。

渦を巻くように全体が動き始め相手のディフェンダーは混乱した。

あ、カオスだと思った。

当然自分たちのプレーにも影響する。

けれどアイマールはそのカオスに柔軟に対処していた。

何となく、未来を感じた。

 

ロナウド。反則だと思う。今までのスーパーな選手と違う。

何でもないプレーを卓越した身体能力で有効にしてしまう。

普通のフェイント、普通のスピードの変化で抜いてしまう。

どう評価してよいものやら。

かれはシステム・チェンジを招くだろうか?

ロナウドはアノマロカリスか?

 

フットボールから目を離せなくなったのは美しかったからだ。

素晴らしいプレーを見ると時が止まり、そこからまた時が動き始める。

災害と一緒だ。

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IKEDA

 

2003,12,21 鯨の腸

来年オープンする国立科学博物館新館で30mに及ぶクジラの腸を展示するらしい。

目的はクジラでも腸でもない。

そこに何千と鈴なりに付いている寄生虫を展示するためだという。

面白い!と思った。是非行ってみたい。

画期的なのでいろんな人に話をするのだが評判が悪い。

気持ち悪いものの中に棲む気持ち悪いものの話しを何故するのか。

もともと変な人と思われている気がする。もっと進み変態扱いされている…

やっと感付いて、最近話をするのを控えている。

 

何故そんなに自然を嫌い排除しようとするのだろう

と言っても話しにならない。そもそも本人に自然を嫌っている自覚がないからだ。

 

「環境」に代わる言葉はないものか。この頃それをずっと考えている。

この言葉はどう考えても「人」と分離している。

環境問題は「人間と自然」の問題になる。わたしはそう思っていない。

いったん分けておいて「実は人間の体も環境で…」と言っても混乱するばかりだ。

 

展示意図はすぐに分かった。寄生虫の生息環境としてクジラの腸をそのまま見せる。

それがクジラという生物である事をどう実感させるのか。

どのような寄生虫がどのように棲んでいるのか、棲み分けは?

「ホルマリンの中のひものような変な生き物」より遥かに興味深い。

カマキリを標本にするため殺すと必ずと言ってよいほど

尻からひものようなむしがはい出してくる。ハリガネムシという。

親主のカマキリが死に、「環境破壊」が行われたため避難しているのだろう。

カマキリの標本をあまり作ったことがない。

だからカマキリの種類によってちょっと違ったハリガネムシが棲んでいるな

そんな感じはするがそれがどの種のハリガネムシで

はい出た後どうするのか追跡したことはない。

だが避難しても、別のカマキリに入り込める可能性は少なく?「復興」も行われないだろうからいずれ死んでしまうのだろう。大災害だ。

大抵の生物はそれぞれの寄生虫を飼っている。

欧米人や戦後の日本人はそれを徹底的に排除した。

その為だけではないが、お蔭で花粉症人口がやたらに多い。

日本住血吸虫という寄生虫がいる。

プラナリアと同じ扁形動物に属し立派なわが国独自の固有種だ。

だから保護せよと言う心算はない。岡山県や山梨県の一部で問題になっていた。

彼等はミヤイリガイを中間宿主として成長し

子虫は皮膚から人や家畜の体内に入り込み静脈に寄生して血液を吸う。

常時貧血状態では農作業に従事する人たちにとっては死活問題だ。

解決策としてミヤイリガイなどが生息する農業用水路をコンクリで固めた。

流れが速くなり巻き貝は棲めなくなる。

ミヤイリガイと共に日本住血吸虫は流れ去った。

問題は解決された。で、コンクリは取り除かれたか?

排除は徹底的に行われる。なぜか日本全国の農業用水路はコンクリで固められた。

結果。メダカが絶滅危惧種に登録された。

「春の小川」はもはや囁かない。

 

環境問題は「人間対自然」の問題か?

人間も自然じゃないか。その通り。

だったら人間が作ったものも自然であっておかしくない。

都市も自然だ。

そうなると全てが自然。そういうことになる。

自然という言葉の存在する意味はない。

言葉の上からも自然は、実は、排除されている。

 

寄生虫に苦しむ人よりメダカが大切か!

トキの時も同じ言葉を聞いた。トキが居なくて何が困る。そうではない。

目的は実は何であったのか。

何故、自然を徹底的に嫌い、排除したいのか。

そして

自然が嫌いだ。殆どの人にその自覚はない。

何故?

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IKEDA Yutaka

 

2003,12,18 名前を知るということ

泉くんはかの虫を新種に違いないと結論をだしたようだ。

図書館の図鑑をくまなく調べ(スゴイ!)、ついでにこんな本も読んだみたいだ。

 

>ムカデとかの生態を書いた本を図書館で見たんだけど、ムカデってこんなにすごい、

>かっこいいっていう記述がそこここにあって、おどろいた。

 

その本なんて言う本?是非読んでみたい!

ムカデは確かに興味深い生物だ。節足動物を理解するにはムカデからが原則。

丸を書く、その両端に2本足を書く。これが節足動物の基本型。丸は体節。

ひとつの体節から2本出た足がいろいろなものに変化する。

触覚であったり目であったり顎になったり。

だからザリガニの目を切り取るとそこから触覚が生えてきたりする。

と、教科書に書いてあったからやってみたらモロに足が生えてきた事があった。

昆虫などでは体節が幾つか融合して頭部を作り、足が顎になったり目になっている。

胸部ではもはや幾つの体節が融合しているのか良く分からない。

但し、翅は融合した体節の背中が変形したもので、足の変形ではない。

手足の変形以外に羽を持つ存在は、わたしの知る限り昆虫と天使しかいない。

悪魔は堕天使だから天使の一亜種だろう。

ムカデは頭部で4つの体節が融合し、顎と捕獲器、触覚、目

尾部で2つ体節が融合して刺と尾毛に変化している以外

節足動物の基本形が数珠繋ぎになっている。とても分かりやすい。

ヤスデはひとつの体節から2本足が出ているではないか!

良く観察して欲しい。足は体節から2本出ているのではなく、

1本の足が根元で分かれている。

 

大抵の研究者は研究対象を盲愛している。

火山学者が地震学者に「火山の予想は簡単だから…」と言われ

「火山の噴火には地震も起こるんだ。お前達はその地震だけやってるだけだろ!」

と真顔で食ってかかっているのを見た。火山を愛しているんだなぁと感じた。

 

わたしは図書館でちょっと屈折した愛を見付けた。

1902年Morganはショウジョウバエを用いた研究で遺伝学に多大な貢献を成し遂げた。

ショウジョウバエは世代交代も速く、遺伝の研究には適している。

しかし、どうして彼がショウジョウバエに着目したのか、それが疑問だった。

 

During the summer of '99 I found that my planarians would eat greedily

pieces of the common house-fly that were put into water. Moreover I found

that if the head of the fly containing the red-pigmented eyes was given to

the planareans, the red substance when taken into the digestive tract would

color that organ, in all its parts, a brilliant red.

─T. H. Morgan: arch.Entwm.,7,58(1900)

 

↑は1899年

つまり彼はショウジョウバエより前にプラナリアに入れ込んでいたらしい。

何しろ"my planarians"だ。ショウジョウバエのほうは"common house-fly"なのに…。

プラナリアの再生の謎に挑んでいたらしい。

 

坂田明はミジンコを生命が透けて見えるとその魅力を語る。

Morganも同じ感性の持ち主だったらしく、

赤目のショウジョウバエを食べると腸が染色され、

生きたまま観察できることを喜んでいる。

この論文を見つけたときは嬉しかった。

彼が研究の素材としてなぜショウジョウバエに着目したのか

手に取るように分かったからだ。

赤目のショウジョウバエを、彼はもっと大量に欲しかったわけだ。

で、大量に飼育し始めたのだろう。

研究対象のエサに心変わりする例は珍しい。

今やゲノムは科学の花形となった。

 

それに引き換えプラナリアのほうは100年経ってもパッとしない。

21世紀を迎えてしまってプラナリアの復権はならないものか。

 

プラナリアの目はひとつの細胞で黒目とレンズの両方の機能を持っている。

イモリなどの目が再生するとき光を通さない黒目の細胞からレンズの細胞が分化する。

何故このような矛盾したことを生命がやらかすのか不思議だった。

わざわざ黒い色素を手間をかけて消すより、皮膚から再生したほうが合理的だ。

プラナリアの目から見ると簡単に腑に落ちる。

もともと光受容細胞はひとつで両方の機能を担っていた。

その機能をいくつかの細胞に役割分担させた結果が目という器官というわけだ。

ならば両方が同じ細胞から分化しても何の不思議もない。

 

ゲノムと並んで脚光を浴びるES細胞はどうか。

造血幹細胞は蠢いて外敵を食べてしまう奴から

ただ単に血液を固める為だけの奴まで実に多様な細胞に分化する。

このことは大変な驚きだ。

けれど、考えてみると昔はひとつの細胞が蠢いて食べたり酸素運んだり

様々な役割を請け負っていたのだろう。

進化や生態系の多様性は単純から複雑への一方向の動きに見える。

複雑なほうが進んでいる。で、進化などと言われるようになった。

けれどそれはいつの間にかわれわれが

自分の立場からしかものを見なくなっているからかもしれない。言わば哺乳類史観。

 

プラナリアだのゾーリムシの目から見ると

あたしたちの細胞は遥かに単純なものに堕落している。ひとりでは何も出来ないのだ。

 

プラナリアやゾーリムシは生活環境が60℃を越えると全滅してしまう。

つまりまんべんなく煮えてしまう。

けれど60℃をこえる環境が地球上にいくつあっても、多分生命は絶滅はしないだろう。

あたしたちの細胞は分化して不完全な存在になってしまったが、

その分だけダメージを恢復する柔軟性を獲得している。

逆に言えば「あたしたち」という言葉が生態系を意味しないかぎり

ひとつひとつの種は不完全でどうしようもない存在だということでもある。

ある意味でわれわれの柔軟性はむしろ失われている。

なにしろわれわれは首を切られると死んでしまう。

プラナリアは2匹に殖える。

彼等にはクローン技術に伴う倫理問題など発生するはずもなかろう。

 

特殊であることはそのこと自体何の価値も意味もない。

系の中に位置が存在するだけだ。

 

そんなことがプラナリアの視点から見ると当たり前のことに思えてくる。

 

さて、新種問題。どうやってそれを確かめるか。

昆虫はやたらと種類が多い。亜種や変種を入れたらとんでもない数になる。

同じ種でも生活環境でどんどん形を変える。

イナゴを飼っていたら数が増えすぎ、気が付いたら翅の長い真っ黒な姿になっていた。

バールバックの『大地』で有名な、全ての植物を食べ尽くす大軍を作る奴等だ。

とても同じ種のイナゴとは思えなかった。

この変形は人口密度、ではなくイナゴ密度が高くなる事によって発生する。

食べ尽くすと、エサがなくなりイナゴ密度も減り、もとの緑色に戻る。

熱帯雨林で、何億年も生き続け、人知れず絶滅してしまった昆虫は

何万種とも言われている。知られていないものも当然沢山ある。

種の数も多く、それぞれの個体数も多い。どう考えても地球は昆虫の惑星だ。

その全ての種と違った昆虫であること。それを証明するには人生の日が暮れる。

捕獲し、博物館や大学に持っていって見てもらう。

実は、研究機関の専門家は自分の専門以外の虫のことをあまり知らない。

わたしたちがやっていたことをやるだけだ。図鑑を調べる。

絞り込み方はもう少し上手いかもしれない。

高価な専門書も公費で買えるし、家に置かなくて済むし…←やっかみ

 

泉くんは「もう2度と会えないだろう」と悲観していた。

諦めてはいけない、きっとまた会える。わたしはそういうメールを出した。

その直後、はっとした。昔なら会いに行こうと既にしていた筈だ。

エネルギー落ちたなぁ。

 

けど、名前もわからないと、一体どこに行ったら会えるのさ…

草や虫の名前を調べることはかなり愚かしいこととされている。

それで分かった気になるな!

スマップも女の子が抱えていれば名前何か知らなくて良いと唄っている。

それだけではないような気が、わたしにはする。

 

ゲノムが虱潰しに調べられている。

これで生物は殆ど解明される。されるのか?

ライオンが子殺しをする。遺伝子絡みだという。遺伝子がそう言う指令を出している。

ならば、すべては遺伝子がそう言う指令を出している。そう言えば済む。

これを理解と言うか?

いちいちゲノムを解析する必要もない。

 

マンモスや恐竜も復元できる。

そーかなー?わたしにはそう思えない。

生物は環境と密接に分かちがたく存在している。

勿論その生物のからだその物も環境だ。

腸内細菌や共生していた寄生虫なしで生きてゆけるわけがない。

クジラの腸の中にはびっしりと寄生虫が棲んでいる。これどーすんの?

彼等が食べていたもの、植生、気候、大陸の配置、太陽光度の変化、地球の自転速度

どうやって復元するのか?

佐渡ではトキを自然界に戻そうとしているではないか。

環境から切り離された場で飼育されているトキを、

どう考えたら生態系の復元と呼べるのか?わたしには全く理解不能だ。

そうした生物を自然環境の中に放ったとき何が起こるか。誰も知らない。

明らかにニッポニア・ニッポンは絶滅した。そのはずだ。

それこそゲノムを解析すればそれは一目瞭然だ。

 

久し振りにプラナリアに会いにゆこうかな

今だったら陽当たりのよい沢に行けば石の表面にゴチャマンとへばりついている筈。

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IKEDA Yutaka

 

2003,12,16 泉家に現れたT字型の昆虫に関する暫定的結論

カメムシをだいたい3分の1くらい調べ終わった。

軽く考えていたのだ。ざっと図や写真と比べてゆけばよい。

大抵のカメムシは触覚が長い。

体が細く、触覚が短い奴を洗い出してゆけば大したことない。

が、逃げ出したくなった難関のひとつがここで立ちふさがってくる。

カメムシは同じ種の中で形態が大幅に異なる。

翅のない奴、短い奴、長い奴、とても長い奴

体が細い奴、太い奴…

つまり種の数が多いだけでなく全く違う種に見えても同じ種のものもある。

さらに同じ形態を持つものでも違う種であるものもあることが最近分かり始め…

ここでキレた。

具のないラーメンをずっと食べているようなものだ。

 

好物に逃げた。鞘翅目つまり甲虫の仲間がわたしの好物だ。

98年にオサムシについてかなり興味深い研究が行われていたことを知った。

オサムシは地域によって形態にかなり変異が認められている。

つまり、おなじ種類のオサムシでも東北、関東、関西で色や形が違っている。

これをミトコンドリアのDNAを用いて系統樹が作られていた。

ミトコンドリアは呼吸に関係する細胞内の組織で何故か独自のDNAを持つ。

生命進化の極初期に細胞に寄生した別の生き物だったとも言われている。

このDNAはメスのゲノムによって決まる。追跡しやすい。

DNAの変異が時間によって一定の率で変異すると仮定すると

変異の大きさは系統が分かれてからの時間の長さを意味する。

この手法によるとオサムシは地域によって独自に進化してきたらしい。

つまりどこが面白いかというと

オサムシ大とオサムシ小がどの地域でもいるとすると

それは大と小が全国に散らばったのではなく、

それぞれの地域で独自に同じように大と小に進化した。そう言うことらしい。

更に

マイマイカブリという日本特産のオサムシの分布図を描くと

1200万年前の日本列島の姿に対応する。

何を隠そうわたしが専門とする時代だ。

日本海が急速に開き、丹沢も伊豆も孤立した島であり、

北海道も東西に分かれていた。

知床半島や阿寒岳なども別々の千島列島のひとつの島。

北上山地もくっついていない。

そうした島々に対応し別の種類のマイマイカブリが棲んでいる。らしい。

島々がくっついた後も奴等はそこを動かず棲み続け、独自に進化してきた。

 

居ても立ってもいられない気分だ。

幾つもの何故がどっと頭の中を駆け巡る。

よーするに、ビックラこいた。

調べたいこと、確かめたいことが一気に噴き出してきてしまった。

何千人かのわたしが欲しい。

 

さて、かの虫についてわたしなりの暫定的な結論。

アメンボ

ホソサシガメ ヒメホソサシガメ

ホソクモヘリカメムシ

このなかのいずれかだと思う。

理由

胴部の体節の分化の仕方からカメムシの仲間だと思う。

そのなかで

触覚が短い。枯れ草の色。翅に模様もしくは斑点がない。体が細い。

の条件を満たすものは、現在発見されているかぎりこれしか見当たらない。

カメムシと言えども「肩」のトゲがあれ程発達しているものは見付かってない。

 

ホソクモサシガメは飼育したことがあった。

短翅型だったので思いも寄らなかった。

春先、茶色のキノコのような卵を庭で見付けた。

孵化してきた時はアリかと思った。そっくり!

3齢幼虫のあたりから体が伸び始めアメンボみたいになった。

水に浮かべてみたら溺れた。どうやら違うらしいと気が付いた。

ハナムグリを入れてみたらミサイルみたいに飛んで体を突き刺した。

 

カメムシは大抵良く飛ぶ。

アメンボは大抵の時間を水面で過ごす。

触覚の役割は足先の微細な毛で水面の波をとらえる。

だから小石を糸で縛り水面をつつくとアメンボは近寄ってきて釣れる。

触覚がとても短いのはその為だと思う。

 

実物を見て、特に前脚をじっくり観察してないと

ここまでかなぁ…そんな気がする。

それでなくても最近は種の決定はDNAだもんなぁ

とても付いてゆけなくなってしまった。

けど、調べ続けてしまうアホなわたくし…ちょっと悲しい。

 

この前書いたけど科学に「真実」はない

結論、もしくは暫定的結論しか存在しない。暫定的だけかな?

その暫定的結論がひっくり返されると平和だった心はざわめき、

「居ても立ってもいられない」気分になる。

トヨタカップ、ファンタジスタに関しては

だからついに書きそびれた。

いろいろな思いが駆け巡った12月だ。

 

霧島火山が活動を始めた。

 

2003,12,5 驚く心、不安な心

昼頃、地震雲が出ているのではないかという問い合わせが

どっさり来たみたいだ。

気象庁にもたくさん電話がかかってきたようで対処に困っていた。

 

何故困るか。「あれは地震雲ではない」そう言えないからだ。

そもそも地震雲とは何か。がはっきりしていない。

否定の仕様が無い。つまり「否定可能な言語で表現できる事象」ではない。

電磁波だのイオンだの科学用語を連ねて理屈付してもそれは断じて科学ではない。

 

ひーとーは空ばーかりー見てるー。中島みゆきさんはそう唄うけど

あんまり空を見てる人っていないよなー。つくづくそう思う。

 

飛行機雲みたいだけどねじれている。

わたしはこれをよく見る。あ、気流の境界に乗って燃料節約してるな。

そう思う。境界に飛行機雲が出来たらねじれる。

 

垂直な雲。これもしばしば見ることが出来る。

見ることが出来るのだけれど、それが垂直なのか

垂直みたいに見える雲なのか、その検証にはいつも手間取る。

 

いちど、層雲の一部が楕円形にすっぽり抜け落ち

ゆらゆら降りてきて、そのまま消えてしまったのを見たことがある。

なんじゃ!こりゃ?とりあえず驚いた。

きちんとイギリスの気象学会誌に写真入りで論文が掲載されていた。

層雲を支えている温度差に乱れが生じ、支えきれなくなることがあるらしい。

 

あまり見かけない雲だ。だから地震雲だ。

この論理(?)の展開の中に驚く心が感じられない。

対象のない不安が先にあり、災害だのテロだの具体的な対象にくっつきたがってる。

そう思えて仕方がない。

 

だったら泉くんの見た虫は地震虫。それで良いではないか。

気象庁ぉー、地震研ー。なんとかしろよぉー。

危機管理がなっとらんぞー!

 

不安には対象がないが、恐怖には対象がある。

対象があればなんとかなる。そう考えているのではないか?

それも、自分ではない誰かがなんとかしてくれると。

危機管理とは誰が言いだした言葉なのか?

意味が実は良く分からない。crisis management の直訳なのだろうけど

シュールだとわたしは思う。本来結びつく事のない単語が平気でくっついてる。

誰ももう驚かない。

 

驚きは自らの心と体を動かす。

科学という言葉の根底にはそんなこころのうごきがひそんでいる。

え!?何?どうして?どうやって?

分かったり知ったりするたびにまた驚く。へぇ〜!

 

訳の分からないものに遭遇したとき驚かない社会は少なくとも科学的ではない。

たぶん、不安が支配している社会なのだと思う。

 

虫と雲。訳の分からないものに遭遇して対照的に反応する人の心に出会った。

興味深かった。

2003,12,4 翅ではないと・・・

匂いはなし。と…

泉くんは横に突きだした物を棒と表現し、翅の認識は全くないらしい。

実物を見ているモンの勝ち。(翅に見えるんだけどなぁ…)

カメムシ洗ってみるか…逃げ出したい気分だ。

種の数の多さもアメンボとは比較にならない。

加えて、幾つもの科に分散しているのでなかなか難物。

しかし、ここまで来たのだ。

 

『解体新書』の方々の気分。

知識は前野良沢が長崎で仕入れた100個程度の単語くらい

資料なし。

「誠に艫舵(ろ・かじ)なき船の大海に乗り出させしが如く、

茫洋として寄るべきかたなく、ただあきれにあきれて居たるまでなり。」

の状態から医学書を翻訳しちゃったんだもんなぁ。…ほんの4年で。

…いや逃げ出したい気分だったので杉田玄白の『蘭学事始』を読み出したのだ。

(それにしても影が薄いな、中川淳庵。きっと誰もが忘れてる)

 

資料は山程あるのだ!(それはそれでしんどいのだが)

やるぞー!という気分にさせてくれる。

博物学には相当の自信があったのだが、今年はそれがことごとく打ち砕かれた。

(動物も植物も昆虫も?は元々ダメ)100個の単語程度の知識しかなかったんだ。

それを思い知った。最大の収穫。幸運な1年であった。

10年来の付き合いだったリーガ・エスパニョーラが有料テレビに行っちゃって

人生の楽しみの半分が消えたと思っていたが

身の回りが楽しい事だらけだと気付いた。

 

そう言えば、我が愛しのグラディオラやイエロがいつの間にか

中東で(国は忘れた)プレーしている。

少し前の面白かったころのバルサ対レアルじゃん。

いかにしてグラディオラを消すか。どうやってイエロを突破するか。

それがリーガ・エスパニョーラのテーマで、

そのテーマを各チームが異なったアプローチから取り組んでいるので

どのチームも目が離せなかったっけ。

 

さて、なぜ翅ではなく棒なのだ? >じっくり観察しなかったから何ともいえんが、翅のような柔らかい印象ではなく、固い印象なのだ。(泉)

調べ残しが沢山残るアメンボに未練を残しつつ

こんどはどんなアプローチをしてみよっかなぁー。

それにしても実物を見てみたかった。特に前脚!

蛍光灯の中に前脚だけ取れて残ってない? >ない!(泉)

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IKEDA Yutaka

 

2003,12,3 半翅目カメムシ科

科までは絞り込めてきたような気がする。

 

胴部の体節の分化のしかたや開かれている翅の形態がこの類いの特徴を備えている。

 

半翅目は含まれる種が多すぎ、多様性もありすぎるので最近は類とし

半翅類異翅目…と分ける傾向にあるみたいだ。

そうしないとカメムシだのセミだのウンカやアブラムシも同じ仲間になってしまう。

 

身体の細さから…どーしてもアメンボに見える。

 

そこでやはり前脚。

アメンボは前脚を主に捕食用に使い、

長い中脚をオール、後足を舵として用いる。

 

その為カマキリみたいに前脚を揃える習性がある。

頭部の前に揃えて突きだしているか胸の付近に折り畳まれているか

その特徴が全く見当たらない。

どう画像解析しても脚が4本しか見えないのは期待を抱かせるが

かと言って頭部の前方に脚が見える気配はない。

全体的に脚が短かすぎる。

脚の短いヒメアメンボは頭部がやたらと長い。全く写真と違う。

昼間寝ていたというのはそろそろ越冬の時期だからと

言い逃れることも出来るが、脚がなぁ…

 

翅の形態、胴部の特徴、は全くアメンボ

脚だけが全く違う。

休んでいる姿は変!

 

飴のような匂いしませんでした?(未練…)>しなかったなー。(泉)

 

カメムシ科のなかで他に細い身体を持つものを探してみようかと思っている。

が、やはり多い。この仲間。

しかも当然のことながら翅を開いた姿で図鑑に載っているとは思えない。

 

しかし考えてみるとアメンボが飛ぶ姿、見たことないなぁ。

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IKEDA Yutaka

 

 

2002,11,29 虫の話

虫の事を考えていたらうたた寝して凍えた

そう言えばコオロギも鳴かなくなった。冬なんだな…

 

翔を開きっ放しなので変なやつに見えるんであって

そんなに衝撃的な昆虫ではないと思う。

 

ジンガサハムシを最初に見たとき、きれいだなぁと思うと同時に

朝露に擬態して昼間どうするのだろう?と思った。

戸隠高原でのこと。その夜。アゲハに擬態した蛾を見た。

もう、どうでもいいや。考えるのを止めにした。

全く何の意味があるのか未だ分からない。

 

脚は短く細く、毛がない。管なし。

→どーもつかまったり、留まったりする機能に徹しているようで

脚は跳ねたり、泳いだりはしなさそう…アメンボ説だめか

(実はまだ捨てきれずにいる。2cm、枯れ草色)

窓に貼り付いていて暗くなったら蛍光灯の傘の中…

→昼間活動するやつなのだな。>昼は窓に張り付いたままねてました。さわってもうごかんかった。(いずみ)

 

さて、なぜこやつは翔を拡げ放しにしているのか?

勿論勝手な想像だがあたしゃ脚代わりにしている。そんな気がする。

窓の外側にいると勘違いしたのは左右の形が違うから。

けれど窓の内側にいたとなると右側の翔の変形が

翔を支えとして窓に留まっている、とも見えてくる。

ならば、右側だけ開けばよいではないか。

そう言う訳には行かない。

彼らの羽を動かす筋肉は胸部の背中に付いており

長崎のビイドロのように背中の板を動かし羽を開く

したがって、開くときは両側が開く。

両方とも同じようにしか動かない。基本的に真っ直ぐにしか飛べない。

曲がるときは脚を延ばして重心をずらす。

だから変な話だが、ハエを叩くときは後ろから追うようにして叩く。

ハエは動いていないものを感知することは出来ない。

ので、待ち伏せしておいた前方の手に気付かず、叩ける。

同じ理由で、天井に留まっているやつは新聞紙などで筒を造り

それをかぶせる。くるくるまわりながら飛ぶことが出来ないので

確実に落ちてくる。

 

いつも開き放しの種類なのではないか。

その、利点が見付からない。

開き放しでは翔が取れやすい。これは命に関わる問題だ。

 

こんな御託を並べてないでさっさと調べてしまえばよい。

昆虫と蜘蛛の図鑑は女房に捨てられてしまった。

あしたインフルエンザの予防接種を受け終わったら

図書館に行こうと思っている。

T字型の昆虫が他にいるのかも調べてみたい。

別に翔でなくても良い。

奇妙な形態をした昆虫は結構多い。とりわけトビムシ類。

岡本太郎にはぜひトビムシ類を見てもらいたかった。

 

もうひとつ昆虫には疑問がある。

デボン紀から生きている奴等だ。なのに海の中にいない。なぜか?

本当にいないのか?調べてからでも考えるのは遅くない。

メガニウラというトンボは1m近い。当然絶滅している。

ゴキブリの仲間はたった今主婦がスリッパで潰したような化石が

沢山見付かっている。

予防接種は4000円もする。図鑑が買える。

悪い衝動に駆られ続けている。バレるに決まってる。

--

IKEDA Yutaka

 

2003,11,28 これじゃわからん

何とな〜く呼びだされた様な気がする

11/27(木)T字型の虫がいた。なにもんじゃ、こいつは。知ってる人いたら教えてちょうだい。

(恥知らず雑記より)

 

『雑記』11.27の写真

窓の外にいるやつを部屋の中から撮影したわけでんな。

時間は何時頃ですか?朝?

外に出て撮影できなかったかなぁ。

出来ればスケールを入れて大きさも知りたかった。

 

短いほうから足が出ているから長いほうは翔なのだろうけど

厚さはどのくらいで脈がどんなふうに入ってたのだろう?

飛ぶための薄い羽が折り畳まれていたような気がするけど見えない。

この色は飛ぶための羽とは思えない。

付け根から次第に太くなる翔が胴体の終わる長さで急に太くなる。

尾部或いは尾部から先にあるものを保護するために太くなっているようだ。

尾部に巻き付いているのかな?

水生昆虫によくある構造だ。

ミズカマキリかタイコモチ?

でも、尾部にあるはずの呼吸管が見えない。と言うよりない。

第1肢も外の足と同じ形をしているみたいだし。違う。

頭部が小さく顎が発達しているように思えない。

体節の数を知りたいが、見えない。

口器の形を是非知りたい。舐める奴か、吸う奴か?

足の長さはどのくらいで、先端の形はどんなだったか

足にトゲまたは毛はあったか。

 

とりわけ第1肢の形態が詳しくわからないと

この類いの昆虫は何も言えないのです。

 

なんとなく、ガラスを水と間違えて貼り付いてしまったアメンボ

そんな気がするけど、大きすぎるかな?

虫のことですが、昼間部屋の中の窓に止まって多ものです。横2センチ縦2センチ弱。

見たところどこに羽がしまわれてるのか分からなかった。色は枯れ草色。足は短く細い。顔もどう猛ではない。触覚も細く短い。けつから下に管も出てなかったと思う。毛とか棘とかいったものはどこにもなかったと思う。夕方日が暮れたら、飛んだから、羽はあるのは間違いない。飛ぶ姿は蛾のようだった。電気の笠に入ってしまったのでほっといた。料理中の手の放せぬ時にやまちゃんがあいつが死んでると言ってきたが、それどころじゃなく、そのまま忘れてしまった。とっといてもらうべきだった。残念。俺は生まれ変わっても絶対科学者にはなれねーなー、きっと。じんがさはむし以来の衝撃的虫。

(いずみ)

 

さて、12日の紀伊半島沖の地震についてHi-Netでアニメを作ったみたいです

 

紀伊半島南東沖の深発地震による「異常震域」波動伝播アニメーション

http://www.hinet.bosai.go.jp/topics/tokai031112/

2003年11月12日17時27分ごろ紀伊半島南東沖の深さ約400kmでマグニチュード6.5(気

象庁発表)の地震が発生しました。この地震により、福島県浪江町、茨城県日立市、

栃木県宇都宮市で震度4を記録したほか、関東地方から北海道の広い範囲で有感とな

りました。この地震は日本海溝から西に向かって沈み込む太平洋プレートの中で発生

した地震で、プレートの中が地震波を効率よく伝える性質があるため、震源付近の近

畿地方に較べて、関東以北の太平洋沿岸で、より大きな揺れが観測されます。このよ

うな現象は、「異常震域」と呼ばれ、日本海やロシア直下で発生した深発地震で、日

本海側よりも太平洋側で有感になる場合がありますが、これも同様の現象です。詳し

くは、気象庁のホームページ

(http://www.jma.go.jp/JMA_HP/jma/press/0311/12b/kiihantou.pdf)をご覧ください。

防災科研Hi-netは、日本全国をカバーする高感度地震観測網であり、今回の地震につ

いても北海道から九州にいたる日本列島全域でその振動を観測しました。そのデータ

を用いて、地震波の伝わり方や振動の大きさをわかりやすく表現するために、アニメー

ションを用いて波動伝播を可視化しました。アニメーションは、縦揺れ(左側)と横揺

れ(右側)について作成されており、縦揺れには上下動成分、横揺れには水平動2成分

の合成波形から1秒毎に計測された振幅のrms値(二乗和平方根)が用いられています。

振動の強さは色の違いで表現され、青、または緑は揺れが小さく、赤くなる従って揺

れが大きいことを示しています。アニメーションをご覧になると良くお分かりになる

ように、地震波は震源を中心に同心円状に広が?いきます。最初に現れるのがP波

で、縦揺れの画面(左側)にきれいに見えます。次にS波の振動がP波の後を追うように

同心円状に広がる様子が、右側画面で明瞭に見られます。同じ円周上でも西南日本と

東北日本とでは振幅が大きく異なっています。例えば、中国四国地方でもS波が観測

されていますが、等距離である関東地方がより大きく揺れていることが分かります。

関東地方以北の揺れは震央付近より大きく、これが太平洋プレートの効果による「異

常震域」ということになります。さらに詳しく観察すると、西南日本ではP波やS波初

動が過ぎるとすぐに振動が収まってしまうのに対して、東北日本では振動が若干長く

継続します。この原因についてはまだ十分には解明されていませんが、太平洋プレー

トが地震波を効率的に伝えるだけでなく、振動をある程度保持する性質を有している

のかもしれません。さらに、局地的に振動がいつまでも継続する地域がいくつかあり

ます。例えば、宇都宮付近、および福島県の太平洋沿岸から仙台平野や北上盆地を抜

けて八戸にいたる南北に細長い領域、などですが、これらの地域には柔らかい地層が

厚く堆積しており、そのために地震動が増幅されると思われます。

■ AVI形式

表示速度 ノーマル [1.25MB]

http://www.hinet.bosai.go.jp/topics/tokai031112/movie/tokai031112both_s.avi

表示速度 スロー [2.26MB]

http://www.hinet.bosai.go.jp/topics/tokai031112/movie/tokai031112slow_s.avi

■ Real Player形式

表示速度 ノーマル [1.0MB]

http://www.hinet.bosai.go.jp/topics/tokai031112/movie/tokai031112both_s2.rm

表示速度 スロー [3.0MB]

http://www.hinet.bosai.go.jp/topics/tokai031112/movie/tokai031112slow.rm

 

わたしいつまで経ってもこの種の地震を

「異常震域」と呼ぶことに違和感を持っています。

プレート性の地震であれば地震波はプレートを伝わってくる

だから震源地と震度にずれが生じることはむしろ当たり前

異常でも何でもない。深ければそれが強調されるだけ。

プレートが認められる前の言葉を後生大事に使うのは止めたほうが良い。

また、揺れが局所的に継続することを地盤のせいにしていますが

これは何の根拠もない。

仙台付近は堆積物も厚く妥当性がありますが、

宇都宮、福島太平洋沿岸には当てはまりません。

きちんと調べてからものを言ってもらいたい。

 

尚、11月28日現在気象庁のpdfファイルは壊れています。

--

IKEDA Yutaka

 

 

2003,11,23 首都圏の地震

東京は大丈夫か?

シンポジウム『首都圏直下の地震の切迫度』行ってきました

地質学ってやっぱりおもしろいなぁ。

 

さて結論。なし。以上おわり。

 

では納得してくれまい。

 

流石にこのところのGPS網の充実と地震計の精度向上と数の多さから

小さな地震まで位置の決定が高精度になった。

気になる浅い地震では銚子から東京湾北部をかすめる東西の帯と

伊豆諸島から茨木西部を通る南北の帯が明瞭になり

比較的小さな地震の空白域も幾つか見えるようになってきている。

けれどこれももし起こりうるとしたらこのあたりでは…と言う程度

 

関東ではM5以上の地震は月に5回位起きていて

適当に予想すれば、ほぼ必ず当たる。

気象庁の方はそのように言っておりました。

その通りだと思います。

 

本郷台地の最高地点が赤門付近

上野丘陵ではすりばち山

つまり南端部にあり、通常の扇状地ではあり得ない南にせり上がった形をしている。

何らかの変動を考えなければならないのでは?

と、質問してから場内がなかなか怪しくなってきた。

 

変動を起こした活断層が見付かっていないからだ。

新しい堆積物が厚く地表に出ていない。との答え。

ならば同じように厚い新潟ではどうして見つかっているのか?

この反論に対しては、

そもそもあまり活動が活発でないのではないか

関東地方の活断層は関西付近とは異なり斜めから水平に近い傾きを持っていて

その為に見付かりにくい

など、いろいろな意見が出始め、いきなり活気を帯びてしまった。

 

仮に、活断層が水平に近い傾きを持つ傾向があるとしたら

阪神大震災と同程度の地震が起きたとしても

強い揺れの範囲が拡がる可能性がある。

つまり、神戸では震災の帯だったものが震災の面になりうる。

そう言うことなのではないか。

そして確かに水平に近ければ音響探査でも

地層と断層の区別が付きにくく見付かりにくい。

何故なら地層を垂直にあまりずらさない。

 

関東大震災以降がプレート中心に研究が進められていたのと同じように

阪神大震災以降の研究が垂直に近い活断層を何となく想定して進められている。

直前の大きな災害を何となく前提としてしまうのは、癖なのだろうか?

 

ま、ここまでは何かが分かったという印象を受ける。

 

次にプレート境界を震源とする地震はどうか?

で、場内大混乱。

 

関東大震災も、予想されている東南海地震もフィリピン海プレートがずれた。

では、そのフィリピン海プレートはどのような挙動を示しているか?

「調査制度の向上により」

次のスライドには18種類のプレートの形が示されていました。

「どれが最も可能性の高い図なんですか?」

「いや、どれも一長一短で…」

たぶん一般参加のお爺さんが「そんなことも分かってなかったんですか!」

で、いやお爺さんにしてみれば驚きのあまりの心の叫びだったと思うのですが

場内大爆笑。要するにみんな同じ思いだったわけです。

 

その後、出るわ出るわプレートの形のモデルだけで26種類。

関東地方の形が変わると当然それより西の形にも影響を与え

四国沖から九州沖にかけての形態のモデルを合わせると

一体何種類のモデルが考えられているのか…

 

現在はっきりしていることはフィリピン海プレートは

年に6〜10cmのスピードで北北西に動き、日本列島に潜り込んでいる

そのことくらいなのではないか?

潜り込むやいなや、分からなくなってしまう。

 

それで東海地震や東南海地震が近付いていると言っていたのだと分かって

お爺さん、驚いただろうなぁ。

 

わたしの発表はフィリピン海プレートに乗って伊豆が衝突した

それは確かなこととして、ならばその衝突によって当然陸にのし上がるべき

下部地殻はどこに行ってしまったのか?

最も深い丹沢でも、せいぜい地下8kmだ。

現在、相模トラフは日本海溝との合流点付近で激しく蛇行している

そのことは音響測量ではっきりと分かっている。

このようなくねくねした海溝がプレートの沈み込みであり得るのか?

駿河トラフが陸上し富士川断層に繋がる。それは良いとして

その後富士山直下でプレートが全く見えなくなる。それは何故なのか?

という疑問から、

伊豆大島は既に陸上化していてフィリピン海プレート上の火山ではない。

相模トラフは古いプレート境界であって、より西側にプレート境界がある。

というものだったのですが、これも分かりません。

 

重大な問題を含んでいたのです。

相模トラフがプレート境界ではないとすると

何となくそこがずれたものと考えられていた関東大震災の震源断層も

考え直さなければならない。

また、そのマグニチュード7.9という値も科学的に求められたものではなく、

何となく、定着してしまったものだということが当時の論文や報道を洗い直して

分かってきた。M7.9の相模トラフを震源とする地震という

現在の防災体制の前提がかなりいい加減なものなのではないか。

この提案が妥当かどうかの判定はかなり先になりそうです。

 

活字になっていることをそのまま信じてはいけない。

ましてや、インターネットをや。

 

ならば何を信じたら良いのですか?

 

この答えをわたしは持っていません。

ただ、わたしの言うことを信じなさいと胸を張る人を信じる気にはなれません。

 

勿論、わたしは胸を張って発表しますけど…

 

 

2003,11,18 遠ざかる火星

女子バレーがあそこまでやるとは思わなかった。

やっとこさ勝った韓国が3勝しかできなかったことでも分かる。

ブラジルに勝っていればなぁ…。なんぞ、平気で思えてくる自分が怖い。

若いチームが爆発的に成長してゆくのを見るのは気持ちがいい。

あーぁ、歳とっちまったんだなぁ。

 

戦力や戦術のパターン数と組み合わせを数値化すれば

チームを情報化することが出来る。

一旦情報化すれば、強弱は相当の精密さで計算可能になる。

ならば試合なんてやる必要がない。

フットボールもそうだけれどスポーツの醍醐味は何が起こるか分からない。

そこにある。レアルがとんでもないチームに敗けたりする。

身体という自然が行うものだからだと思う。

(養老孟司が有名になってしまった。ネタモトがバレバレだ)

 

何しでかすか分からない。それが自然と情報の最も大きな違いだと思う。

脳は情報化し、それを処理し、予測し、統御しようとする。

そう言う器官なのだから仕方がない。

当然、自然は情報ではなく、予想不能で、統御なんか出来ない。

それをやっとこさ情報に翻訳し、脳で処理可能な部分を作り出す。

それが自然科学なのだと思う。

はみ出す部分は想定外と言ってしまえば良いらしい。

同じような作業を宗教も担ってきた。

都市の歴史が古いと一神教に向かう傾向もあるみたいに思える。

真理が幾つもあっては情報化の効率が悪くなるからだろう。

だから科学は宗教と諍いを繰り返してきたし、

一神教が3つもあれば収拾がつかなくなって当然だ。

 

情報が正しく、事実が間違っている、そう考えることを原理主義というのだろう。

 

バレーボールを見ながらそんなことを考えていた。

何でこんなことを書き始めたかというと

最近本当に書くことが「池田先生の自信満々」になってきたからだ。

 

科学は科学で取り扱える事柄だけを扱えばよい。

言い換えると、否定可能な言語に表現できる事象だけ考えていればよい。

と言うより、そうすることしか出来ないはずだ。

 

そうすることしか出来ない割に、頑張ってきたし、いると思う。

が、そうすることしか出来ない事には変わりがない。

出来ない部分は切って捨てる。

それを真実とか真理などと思わないほうが良い。

 

エコロジストが政治用語になったときはびっくりした。

ついに環境は人間関係になった!

周りを見回してみたら本当にそうだった。

乗り遅れた!そう思ってみたが、もう遅い。

 

火星が急速に遠ざかってゆく。

遠ざかってゆく火星からマーズ・グローバル・サーベイヤーからの映像が来た。

 

http://www.asahi.com/science/update/1114/005.html

 

http://mars.jpl.nasa.gov/newsroom/pressreleases/20031113a.html

 

10億年前に出来た三角州だという

もう4日間もこの映像を見て興奮している、楽しくて仕方がない。

そう言うやつなのだこのわたしは。

 

せめて、自然科学原理主義者にならないよう、自戒を込めて。

 

2003,11,14 やはり大きすぎる

何故最大震度が福島だったか?について細かく考え始めると止まらなくなる。

地震波が太平洋プレートを伝わってきた。それは良いとして、

伝播速度だけに理由を求めてしまうと、あまりに震度が大きすぎるのではないか?

 

例えば、10月31日の福島県沖地震と遜色がない。

 

この時の地震は深さ30km、M6.8。震度4を記録した地点への距離は

多く見積もっても200km以下。

 

今回の地震は深さ390km、M6.5。震度4を記録した地点への距離は

800〜900kmある。

 

太平洋プレート内部で地震波の減衰が極めて小さいこと

そのことを主な理由として考えなければならない。

 

そうなると伊豆諸島での震度の小ささも理由が見えてくる。

伊豆諸島はフィリッピン海プレートに乗っている火山だ。

マグマの供給源は太平洋プレートにあるのだろうけれど

むしろ暖められているのはフィリッピン海プレートの方だ。

薄い海洋プレートであるので暖まりやすく地震波の減衰率は高い。

これに対し、東北日本を乗せた北米プレートは

陸域を形成しているため厚く、火山はより日本海側の奥の方にある。

 

富士山は陸域の火山としては異例の玄武岩から形成された火山で、

マグマ溜まりも深く、むしろ中央海嶺や海山に似ている。

また、富士山の直下ではフィリッピン海プレートによる地震が観測されていない。

このことから富士山直下でフィリッピン海プレートは2つに裂け、

海嶺と同じような出来事が起きているのではないかと考えられ始めている。

西側では駿河湾から四国沖にかけて北西方向に底角に沈み込んでいる。

東側でも沈み込みは認められ、関東大震災など起こしているが

30km付近で太平洋プレートとぶつかり、それ以上沈み込むことが出来ない。

その為、小田原付近から西と東で深さに不連続があり

横ずれ断層によって切られているのではないかとも言われている。

 

今回の地震の震度分布を詳細に調べると有感地震は関東地方に集中しており、

福島県浪江町の震度4は周りを震度2で囲まれており、

例外的に突出した震度であることが分かる。

関東地方に集中する震度3の分布域は

先に述べた小田原付近から北上する横ずれ断層を境にほぼ立ち消え、

有感地震そのものも糸・静線をほぼ境界として急減する。

これは富士山西側のフィリッピン海プレートの東縁部と一致する。

 

つまりフィリッピン海プレートは沈み込んだ後も地震波を通しにくく、

太平洋プレートを伝わってきた地震波をブロックしてしまうのではないだろうか。

 

従って、太平洋プレートの地震はフィリッピン海プレートの影響を受けない

関東から東北日本に強く現れる。

 

けれどまだ疑問は残る。

フィリッピン海プレートの影響を受けず距離的にも近い外房地域では

軒並み震度2が並んでいる。この理由は説明できない。

 

また浪江町の突出した震度4は何故起きたのか?

 

やはり奇妙な地震だ。

 

2003,11,13 泉の質問「11/12の地震は震源が紀伊半島沖なのに、一番揺れたのは福島あたり、なんで?」に対する先生の答え

地下室でお仕事。あ、地震だ。

アルマイトのボウルに汲んである水があまり動かないさざ波を立てている。

粘性の高い油みたいに見える。

先に届く疎密波(P波)独特の現象だ。25秒を超える。震源は遠い。

おもむろに水面が南西方向に揺れた。いろんな波が混ざっている。

後からやって来る地震波(S波)は殆ど振幅が変わらない。

地鳴りなし。ガラス戸が1分程同じ音量で鳴り、ゆっくりとした揺れに変わる。

地震計代わりに付けている重りが5分くらいゆっくり揺れていた。

 

地下室で地震を感じるのはいつになってもいやだ。逃げ場がない。

 

深いところの地震みたい。けど浅かったら北海道か九州か。

気にかかっている宮城沖や東南海地震にしてはS波が遅すぎる。

 

紀伊半島沖。深さ390km。M6.5。福島県浜通り地方で震度4。

典型的な深発地震だ。

 

紀伊半島沖の地震なのに何故福島で最大震度?

図に書いて説明したいところ。

 

簡単に言ってしまうと地震波が太平洋プレートを伝わってきたから。

 

光にしろ音にしろ地震波でも波は最も速く伝わる道筋を辿る。

紀伊半島沖には南海トラフがあってフィリッピン海プレートが沈み込んでいる。

これが地震を起こすと東南海地震になったりする。

けれど沈み込みの場所が比較的近いので四国や紀伊半島の海岸付近でも

30〜40kmほどの深さにプレートがある

逆に言うと紀伊半島沖40kmの地震はフィリッピン海プレートが動いたなと判断できる。

北海道から房総半島沖を通り伊豆諸島小笠原諸島の沖には日本海溝があり

ここから太平洋プレートが沈み込んでいる。

沈み込みを始めたのは恐竜の時代かもっと前。

なもんで、やたら深いところまで沈み込んでいて

深さ670km付近でようやく止まり油滴状に溜まっているらしい。

 

これがこの先どーなるかってーと

インドネシア付近で観測されているように

巨大な滴となってマントル深く沈んでいって核にまで達するようです。

滴となって切り離されるとき、どーゆーことが起こるのかなぁ。

 

プレートはもともと海底を作っていたぶ厚い熔岩なので比較的冷たく硬い。

まわりの岩石はそれより柔らかく、暖かい。

岩石も高温高圧の条件の元では地表とは異なった挙動を示し、

ぶっちゃけて言うと、力が加わっても割れず、流れてしまう。

だから、深さ20kmより深いところでは殆ど活断層は出来ない。

それより深い地震は殆ど全てプレートが関与していると考えて差し支えない。

紀伊半島沖で400kmと言うとほぼ太平洋プレートの沈み込みの深さと考えられる。

このあたりで地震が起きると伝播速度の速い硬いプレートを波が伝わってきてしまう。

 

これから深さ100kmを越える深い地震があったとき注意して見て下さい。

大抵、震源地と最大震度の場所は大きくずれています。

 

ちなみにちょっと大きめの地震があったときには

深い地震でなくてもプレートによる地震ならば

東北で起きたものは大体関東付近で

西日本で起きたものは大体静岡付近で

震度が急激に変化します。

プレート地震は基本的にプレート内部を伝わってくるもののようです。

 

活断層による浅い地震の場合は断層の方向にやや伸びた

楕円形の震度分布を示します。

 

そこで当然気付く次の疑問。ならば今回何故プレートの至近距離にある

伊豆諸島や小笠原で最大震度にならなかったか?

これはたぶん伊豆諸島や小笠原は活発な火山活動の場にあり

プレートが暖められている。プレートがやや柔らかくなっているのではないか。

プレート内部を伝わった地震波は冷たく硬い部分を屈折しながら伝わり

地表に出た所が千葉から福島の辺りだったのではないか。

わたしはそう考えます。精密に計算したわけではないのでかなり思い付き。

ただ八丈島や父島の波形を見るとS波に比べ、P波が小さく波長も長い。

これは疎密波であるP波が伝わりにくかったことを現している。

そんな気がします。

ってー事は、今回の地震を精密に分析することで

伊豆諸島や小笠原諸島のマグマ溜まりを突き止められるのでは?

そんな期待も膨らんでくるのです。

 

ふと思い付いてプレートが短冊状に分かれていたらどうなるか計算したら

殆ど同じ効果が期待できることが分かりました。

とりわけ境界が破砕帯であるときは。

ん〜…。どっちだろう?

 

さて、わたしは20kmより深いところでは岩石は流れる。

そう書きました。

と言うことは、今回の地震は割れているのではなく、流れているはずです。

と言うより殆ど全てのプレート地震は割れるのではなく、流れている。

流れているのに何故地震波が発生するのでしょう?

 

わたしは納得できる説明に出会ったことがありません。

無論、わたしにも誰にも分かる説明をすることは出来ません。

 

2003,11,1 奇妙な地震だった

10月30日の地震はサイレントアースケークを伴っていたのではないか?

マグニチュード6.8。普通ならぎりぎり津波の心配はない。船酔いしそうなゆっくり

した揺れと、誰もが言うので気になった。Hi-Net

 

http://www.hinet.bosai.go.jp/

 

で波形を確認。仙台とか福島で検索したら揺れが大きかったため記録が真っ黒。何も

読めない。千葉辺りでようやく波形が見え始めた。

10:07から始まった初期微動の波形は普通の地震とあまり変わりがない。ゆっくりと

した揺れは縦波となりにくいのだろうか。

その後のS波は急に波形が変化し、周期1〜2秒の比較的ゆっくりした揺れに重なって、

それより遥かに大きな振幅で周期が10秒以上の揺れが記録されていた。もし、これだ

けならぎりぎりのサイレントアースケークだ。たぶん揺れを感じたひとはいなかった

とおもう。

長周期の揺れは地震の初期には始まっていない。揺れ始めから5〜10秒後に現れてい

る。福島県沖のプレート境界地震だそうだ。

 

プレート境界が岩と岩の場合、そこが割れるとバリッと短周期の揺れが起こる。プレー

トが柔らかい泥や砂などの堆積物を一緒に引き連れて潜り込むとぬるぬるっと滑って

長周期の身体に感じにくい揺れとなる。だからサイレントアースケークをぬるぬる地

震と呼ぶ人もいる。どちらが滑りやすいかは直感的にも分かると思うけど、ぬるぬる

のほうが滑りやすい。なので大抵はぬるぬるが先に起こる。

今回は逆だったみたいだ。境界の岩の部分が先にバリッと割れ、堆積物を挟んだ境界

に及んだ。プレート境界に何か引っ掛かりがあったのだろうか?それとも挟まれてい

た堆積物が薄かったのだろうか?身体に感じる周期の地震が起こり、長周期の地震も

同時に起きている。

 

津波の規模は普通地震断層によって引き起こされた海底地形の変動幅によって決まる。

同じ規模の地震でも深いところだと海底に地震断層が及ばない。

震源の規模と深さから警戒を要するような津波は発生しない。そう判断したのだろう。

たぶん…。

けどなぁ…津波が観測されてから警報を出してもなぁ…。ちとお粗末。

サイレントアースケークが注目され始めたのは、揺れを感じず津波が発生する、そう

した地震を引き起こすからだ。明治、大正の東北地方を襲った地震津波は典型的なサ

イレントアースケークによる津波だった。震度1〜2。地震に気が付かない人も多かっ

た。祭りで海岸で宴会も開かれていた。そこに突然津波が襲った。

今回津波予想が遅れたのは、長周期の揺れを全く考慮に入れていなかった為ではない

か。そんな気がしている。

極めて長周期の揺れは海底地形の変動と同じような挙動を示す。

ある程度海底地形に変動はあったとおもう。揺れだけで20〜30cmの津波は考えにくい。

それに加えて10秒程度の長周期の揺れが波を増幅したのではないか?

これはあくまでもわたしの個人的ないい加減な憶測。

推定されたマグニチュードが実際にはもっと大きかったのかもしれない。

 

この地震はまたひとつアスペリティーが外れたと考えるべきなのだろうか?それとも

予想されている宮城県沖地震はこのように分散された形で起こり続けるのだろうか?

また、強振動を伴う地震なのか、サイレントアースケークとなって津波だけが押し寄

せてくるのだろうか?

 

千葉のデータでは比較的短い揺れが終わってからも、長周期の揺れはずっと続いてい

た。弦楽器と同じだなぁ。などと妙なところで納得したわたしでした。

 

2003,10,31 富士山。或いは噴火。

『富士山はどこまでわかったか』というシンポジウムに出た

 

2000年の富士山直下の長周期地震によってようやく注目された。

調べてみたら、日本の特に東北から伊豆諸島にかけて

殆どの火山の真下で長周期地震が起きている。

観測精度が上がったので捉えられるようになった現象らしい。

 

さて、富士山は近々噴火するか?

分からない。というのが結論だな。そう思った。

 

極めて特殊な火山で普通10〜15kmにあるマグマ溜まりが

30km付近の深いところにしか認められない。

しかし、熱水は1km位のところでうごめいている。

2200万年前あたりから裾野から噴火する側火山の時代に入ったらしいが

幾つかのデータは再び中央火口からの噴火を示唆している。

 

そもそも現在の火山学は比較的短い期間で噴火を繰り返す火山を基礎にしている。

有珠山、桜島、浅間山そう言った奴等だ。

富士山や駒ヶ岳など数100年単位で噴火する奴等に

その考え方を当てはめて良いものか?誰も分からない。

未知の領域に足を踏み込んだばかり。そう言ってよい。

 

地震は結構話題に上る。予算も付きやすい。

けれど、地震は現象としては一瞬で、火山は現象が長く続く。

三宅島の人たちがいまだ帰れないことからも分かる。

ピナツボではいまだに火山灰による泥流が広範囲で起こっている。

 

富士山の宝永噴火(1704)に関連する災害は幕末まで続いた。

現代に宝永噴火が起きたらどのような被害が生じるか

そう言う発表もあった。

なかなかしんどいことになるみたいだ。

だが、それも所詮シミュレーション。必ずあるのだ。想定外。

けれど、噴火ばかりではなく、熱水がうごめいているあたりの

古い火山灰は相当変質し、ボロボロ。

これを境界として富士山が大規模に山体崩壊する

その可能性の方が大きい気がする。

これに関しては殆ど研究が進んでいない。お金がかかりすぎるのだ。

 

政治の場の予算分捕り合戦では一瞬の死者の数がものを言うらしい。

地震はそれが多い。火山はそれほどでもない。

で、地震に比べ200分の1という予算で研究が進められている。

しかも一旦ことが起こると影響範囲が途方もなく広いので

どこが主体となって防災予算を算定するかそれも定まっていない。

 

とはいえ阪神大震災を境に地震の予算も確かに多くなったのだ

400倍に増えたのだ。…何か寒いねぇ。

 

小泉さんの方針によりわたし達がやっている富士山の総合研究も打ち切りになった。

さて、わたしはどこへ行き何をやるのだろう?

 

もう終わってしまったけれど上野の国立科学博物館で「地震展」を見に行った。

衝撃を受けた。

何万人もの死者を出した本所や回向院の中の記録映画や写真が展示されていた。

カメラを持ってそこに行き、大混雑の中に入り込み、そこから出てくる

少なくともその時間はあったのだ。カメラに映る範囲に火事は迫っていた。

夥しい家財道具はきちんと荷造りされ、大八車に整理されていた。

笑顔で談笑する人の姿。遊んでいる子供。

その後彼らは皆死んでしまっている。

 

彼らを死に至らしめたのは時間的余裕だったのだろうか?

そんな思いを胸に「地震展」を後にした。

 

あの時から80年。わたしたちはどのような知恵を身に付けたか?

 

 

2003,10/25 地震は自分の大きさを知っているか?

 

今、肉眼でも確認できるでかい黒点↓が太陽に現れています。

http://www.bbso.njit.edu/cgi-bin/LatestImages/

 

結構珍しい大きさなので黒い下敷き、現像済みフィルムの黒いへりなどで

ご確認!針穴で太陽の像を映し出してみるってのも手。

 

地震予知が予知として認められる要素として

日時

場所

大きさ(規模)

があるわけですが、どの程度の誤差が許容されるか?

「日本で近々大きな地震がある」は予知とは言えまい。必ず当たるけど…

 

最近注目を浴びているFM電波を使った予知法では

週刊朝日に発表された串田嘉男さんの予言が当たったと思われている。

全ての要素でかなりのずれがあり、十勝の地震は何も言っていなかったにも関わらず。

 

それはそれとして、十勝沖地震の映像を見ていると

幾つかの地震が連続して起きていることが分かる。

地震が地震を誘発している。

ここで大きな疑問が湧いてくるわけです。

地震の大きさは破壊された岩盤の面積、簡略化すると断層の長さで決まるわけですが、

ある大地震が起こり始めたとき、その地震の規模は既に決まっているのだろうか?

ひとつの破壊が止まるのは何故か?

次の破壊を誘発するかしないかはどのようにして決まるのか?

これについては良く分からんのです。

 

ある地域で歪みが溜まり、岩盤がそれに耐えきれなくなると

ピシピシと小さな破壊が起こり、やがてバリッと割れる。

そうしたイメージはあるわけですが、歪みの範囲がスッパリきれいに割れたら

そもそも余震が起こるわけがない。力はなくなっているのだから。

にもかかわらず、必ず余震は起こっている。

全ての地震は言わば中途半端に割れている。

何故?

 

そうした分からないものを予想できると言っているFM波の人たちは

すごいなぁ…。とは思うものの、信じる気にはやはりなれない訳です。

 

7月の宮城県沖地震はまだ揺れが続いています。

相当中途半端な地震だったのだろうか?

きちんと割れていたら、どの程度の規模になっていたのだろう?

 

宮城では刈り入れが始まった水田が波のようにうねっておりました。

http://www.geo.chs.nihon-u.ac.jp/tchiba/temp/ono-3.jpg

 

中途半端な地震だったにしろ、やはり凄い揺れだったようです。

 

2003/10/3 深海2000

潜水艦は故障したわけではなく、海底に引っ掛かった。

だから「故障して」ではなく「海底に引っ掛かって」が正しい。

「海底に引っ掛かった深海2000から脱出したり」がよいのかな?>了解、直しました。

 

これは例の『プロジェクトX』でもやった出来事なので

詳しく説明すると

 

当初深海底は堆積物で滑らかだと考えられていたので

スキーの板状のショックアブゾーバが付けられていました。

ところが活断層による崖あり、海底火山あり

今から考えると当然のことなのですが、険しかったのです。

しかも、これも今から考えると当たり前のことなのですが

深海底にも流れというものがあり、

深海2000は海底に引っ掛かりました。

 

そのままだとわたし達は潜水艦の中で一生涯を送らねばなりません。

ん〜その前に飢え死にするか、やっぱし。

 

で、ぺーぺーだった(今もそうだ)わたしが

ハンマー持って、気密服と呼ばれる圧力に強い潜水服を着て外に出ました。

 

水の中で振るうハンマーがどれほど無力かは少し想像すれば分かると思います。

無駄な努力をしているとき何故か船からイカ釣りに使う釣り糸が降りてきました。

 

こいつにはでかい釣り針みたいなものが沢山付いています。

これをショックアブゾーバに巻き付け揺す?もらい

引っ掛かっている岩をゴリゴリとハンマーで削って(本人は叩いているつもり)

脱出したと、そう言う訳です。

 

『プロジェクトX』では人が外に出ていたと言う訳にも行かず

「投げ込んだら、引っ掛かったんです」

「どうして引っ掛かったんですか?」

「何故か引っ掛かったんです」ととぼけた顔して言ってました。

名演技だなぁと感心しました。

いままでのシリーズの中で最もばからしい回だったと思いました。

感動する場面が全くない。

 

わたしはそのまま地上に出ると潜水病になるので

徐々に気圧を減少させる減圧室にすぐ入れられ、

1ヶ月をそこで暮らしました。

退屈で退屈で、この事件で一番苦しかったのは減圧室での暮らしでした。

 

ちなみに、シーラカンス(ゴンベッサ)を食べた人は沢山います。

観光の目玉にもなっている。不味い。

だから生き残ったのだとわたしは信じている。

美味しいふぐは毒を持たざるを得なかった。

冬山で遭難しかけて雷鳥喰ったこともあります。

これは食べた痕跡が見付かり、ニュースになりました。

わたしは心無い登山者です。

こっちの方が珍しいとおもう。

かつ美味しかった。

 

2003/9/30 宮城県沖

アスペリティーとスローアースケーク(サイレントアースケーク)

この2つに注目している。

 

アスペリティーは荒々しさとかざらつき

地震学ではプレートの滑りの悪いところとか引っ掛かり。

これで滑りが押えられたり、地震が止まったりする。

(地震学の地震と言うのは断層の動きのことで揺れではない

揺れのことは地震動という言葉がある)

 

予想されている宮城県沖地震のアスペリティーが

今回の十勝沖地震をきっかけにどんどんはずれている。

 

スローアースケークは地震動を起こさない地震のこと

ぬるぬる地震とも呼ぶ人がいる。

最近では房総半島が地震も起こさず海側に5mずれた。

 

これがきちんと観測できると予想はかなり進む。

ぬるぬると動けない範囲が地震を起こすと考えられるからだ。

つまり、地震を起こす範囲を囲むように発生する。はず。

人知れず起こる現象なのでなかなか捕まえにくい。

 

今まで観測できたスローアースケークも東北で増えてきている。

 

宮城県沖地震。近いとおもうよ。仙台の人要注意。

 

同じことが東南海地震にも言えて

一昨年から昨年にかけて、

諏訪湖から四国にかけての中央構造線という断層が

地震を起こさずゆっくりと動いた。

千葉の地震や鳥取の地震も

東南海地震のアスペリティーが外れている。

 

富士山の噴気は火山性というより

熱源に雨水が流れ込んだものと思っている。

火山性の物質が殆ど全く含まれていないからだ。

熱源は何か?よく分かっていない。

マグマそのものならもう少し火山性物質が含まれてよい。

富士山の地下に存在が確認されている

熱水(圧力釜みたいに地下の圧力で200℃以上に暖められた地下水)溜まりが

地表に上がってきたのかも、とわたしは個人的に考えている。

以前騒がれた低周波地震も熱水が上がったり下がったりして

起きたものなのではなかろうか?

うーん…でも今回の場所でも新たに熱水が上がってきたような

低周波地震は観測されていないしなぁ…。

熱源はかなり昔からあったのだろうか?

ならば噴気や温泉がなかったのは何故だろう?

 

問題はこうした現象は今までも恒常的にあって見付からなかったのか

熱源が今まで以上に上がってきているのか。

少なくとも今回の場所には前日まで噴気はなかった。

 

近々起こるだろう宮城県沖地震が火山活動に

どう働き掛けるか、掛けないか。

わたしはそこに注目している。

 

おまけ

 

災難に逢う時節には災難に逢うがよく候

死ぬ時節には死ぬがよく候

是はこれ災難をのがるる妙法

 

良寛禅師の手紙より

なんだってさ

 

余談

5月26日 宮城県沖地震

7月26日 宮城県北部地震

9月26日 十勝沖地震

偶然とは面白いものだと思っていたら

地震研でも9月26日休暇を取って怖がっていた人がいたらしい。

ヘルメットかなんかかぶって震えていたのだろうか?

研究者も人の子なんだなぁと思いました。

この話しを地質コンサルタント会社の友達に話したら

「うちにもいる」と言っていました。

この人は11月26日にはどうするんだろう?

休むだろうなぁ。

潮汐作用との関係だと言い張っている。

 

ちなみに

1994年1月19日ロサンジェルス地震

1995年1月19日阪神大震災

こーゆーのは探せばいくらでも見つかる。

 

本当に宮城県沖地震が来たりして…

 

2003/9/26 宝永パターン?

阪神大震災の時もそうだった

何故か大地震の時目を覚ます。

あれ?と思ってテレビを点けた。

しかし続くなぁ。震度6。

 

揺れ方を見ていると地震が3回立て続けに起きているのが分かる。

最初の比較的小さい揺れ。

いきなり揺れが大きくなり、

揺れ終わり頃もう一度大きな揺れ。

関東大震災の揺れ方というのはこの感じだったのだろう。

 

地面が波打って見える。縦揺れの時そう言われる。

横揺れの時はどのように見えるのだろう?

ヘビの様にうねって見えるのだろうか?

 

逆流する釧路川。進まない船。

津波だ。そのことに気付くまで時間が掛かった。

海の壁。津波にはそのイメージが強い。

この津波は強い流れだ。

津波、と気付きにくいのはある意味で危険かもしれない。

 

広尾の十勝港の岸壁が映されるごとに水位を上げている。

淵に立って津波の様子を覗き込んでいる人もいる。

岸壁を越えて海水が入り込み車がそこを横切ってゆく。

危ないなぁ。

音がないと何事もなく見える。

ガソリンタンクが燃えている。

 

海面からあっという間に水没していた岸壁が現れる。

釧路川も台風の後のような流れ方だ。

1m位上に濡れた跡が見える。

そこに水があり護岸から溢れていたのはついさっきのことだ。

引き波の速さは想像以上だ。

ゆっくり水位が上がり素早く引く、

基本的に陸に対して楔形の波形の津波だったのだろう。

それがリアルタイムで見える。

 

けれど、この緊張感のなさは何だろう。

気を引き締めて見ないと静止画像に見える。

この感覚、戦争の映像と似ている。

はっきり見えているそのことの意味が殆どわからない。

知識と想像力をフルに活用しないと見えてこない。

 

また釧路川の映像。

水位が上がっている。

津波は何度も来ているようだ。

あの辺り、地形が弓なりなので

津波が反射され、何度も行ったり来りを繰り返す。

それとも余震の津波だろうか?

 

今日の地震研。地震グループは忙しいだろうなぁ。

と、思っていたら

富士山で噴気が確認された。1923年以来のこと。

調度調査班が入っていた。昨日の昼は何もなかった場所だ。

山梨県側の斜面1530m付近が陥没し、1m位吹き上げている。

長周期地震が活発だったときあれ程騒いだマスコミは

どういうわけかあまり騒がない。

北海道に目を奪われているからなのかなぁ。

 

東北と北海道で大きな地震があり

ほぼ同時に富士が活動を始め…

これは宝永の時と全く同じパターンだ。

このときは2年後の1704年に元禄江戸地震があり

1707年宝永東南海地震

(静岡から四国沖がいちどにずれ、翌日九州沖がずれた)

ひと月半後に富士山が大爆発した。

 

同じシナリオで事が運ぶとは思えない。

そうなったことがないからだ。

けれど過去の東南海地震の時常に富士山が活動しているという事実もある。

仮にプレート地震に周期があるなら

次に来る地震は東海地震と南海地震が同時発生する可能性が大きい。

最近の地震が東南海地震のタガを外す形になっているのも気にかかる。

 

けど、今回の地震も昔なら大被害を出していた規模。

東南海地震も地震そのものではそんなに被害は出さないかも…

ん〜…阪神大震災の前もそんなことを考えていたのだったっけ。

 

富士山の噴気活動がどうなってゆくか

それをとりあえず見守ってゆくしかないのだろう

あたしたちは

 

 


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