その昔、中東あたりで、ヘリコプターに乗ってて撃ち落とされたり、海底に引っ掛かった深海2000から脱出したり、シーラカンスを食べたりと、波瀾万丈の人生を送る地質学者、池田豊さんのコラムです。学術的なことも語りつつ、2004年5月9日からは、人をたのしませることも視野に入れつつ、妄想を膨らませたり、いろんなアプローチをしまーす。
ご意見ご感想など送ってみてね。
2007,4,5 『人生を完全にダメにするための11のレッスン』
こんなものを読んでいるからおまえはダメなんだ!
そう言われたら言い返す術がないが、こんなものが好きなのだから仕方が無い。
熟読してしまった。
『人生を完全にダメにするための11のレッスン』(ドミニク・ノゲーズ,高遠弘美・
訳,青土社,2005)
レッスン1から7までは「人生失敗学」の体系的な定義と講座で占められている。
こうして見ると人生に失敗するのも難しく思えてくる。
筆者もそう考えている。「はじめに」の書き出しは
「昔から人生を完全にダメにする最良の方法と言えば、
生まれてこないことと相場が決まっている。」
どうやらわれわれは人生を完全にダメにする可能性を最初から失っていたらしい。
だから人生に失敗する事は困難な事だと筆者は説く。
「ヘロイン中毒のために33歳で死んだ享楽的なスターと、
122年の生涯を通じて、毎日日曜に飲むボルト酒一口だけを愉しみにしていた
ジャンヌ・カルマン(実在の人物)とでは
どちらがほんとうに人生を台無しにしたのか?……」
目指すべき失敗はそうした相対的な失敗ではない。
完全な失敗。
誰がどこから見ても非の打ち所の無い絶対的な失敗だ。
体系的に学ばねば!その覚悟と決意が先ず必要なのだ。
そして人生に失敗する事を諦めない勇気。
なぜなら
「真に失敗した人生を送るのは実はすこぶる難しい。
つねに何かしらの理由があって、本人だけでなく、
他人からも一部は成功した人生であると思われかねないからである」
つまり
「人生をダメにするだけでは十分ではない。
尊敬されないやり方でダメにしなくてはならない」
「不幸であるだけでは足りない。
その不幸が何の役にも立たないことが必要」
膨大な引用文献を駆使して書かれている
人生をダメにするということの基本を読み進めるごとに、
我々は唇が固く締められてゆくのを感じるだろう。
読み進めよう!
「失敗学」の基礎的な理解のために
我々には数学的な教養が必要である事も分かってくる。
「純失敗率」「総失敗率」の計算は複雑かつ煩雑だ。
だが、これらの理解の為に多くの練習問題が付いている。
これをひとつひとつ丁寧に解いてゆけば、
やがて理解に到達する仕組みになっている。
この点が筆者の親切な点であり、
「失敗学」に対する熱意の表れでもあろう。
それらはやがて43の基本原理にまとめられる。
さて、基礎講座に拘泥してはいられない。
この本の素晴しい点はレッスン8以降に
具体的な失敗実践の例が詳しく述べられている点にもある。
極めて有用なアドバイスだ。
こんなのもある
「テロで失敗する」
ちなみにこの本がフランスで書かれたのは2001年の事だ。
この時点で既にこれを挟み込んでおくセンスは脱帽せざるを得ない。
念のため、ここで断言しておきたい。
この本の読者のうち何人かは商店街の小さな本屋にも
ひとつのコーナーを作るほど(主にビジネス本の近くに)
どっさりと置かれている「成功本」のパロディーを感じ取る者もいるだろう。
けれどこの本は決してそのようなものとは一線を画している。
その博識、洞察力といった筆者の質の問題もあるが、
何よりも違うのは、人生に失敗すると言う事は
「しようとして出来る」ものではないという点にある。
わたしはそう考える。
栄光への野心を最後まで抱きながら、それに失敗しなければならない。
それも人々の同情、或いは嘲笑といった
「他人の幸福への貢献」を全く含まないやり方で。
例え本人の胸中にささやかな喜び、または、満足の念がよぎったとしても、
それは他人に語るには余りに惨めで、
ひとりで墓場まで持ってゆくしかないような
取るに足らないもので無ければならない。
これは最高に難しい事と言わなければならない。
岩波書店が発行している『身体をめぐるレッスン』という4巻の本がある。
これは我々の身体性を取り戻す為に非常に多くの筆者が
寄ってたかって身体と言うものを多方面から考察している。
この本は違う。
人間の失敗性を取り戻す為に多角的にそして
ニーチェの如き華麗なる文体によって書かれ、
ニーチェの如く深淵まで到達した「失敗学」の体系である。
これを人類の至宝と呼ばすに他に何と呼ばばよいのだろう?
わたしはその言葉を知らない。
難点がひとつだけある。
それはこの本を読むと人生が楽しく感じられてしまう事だ。
2006,3,11 2005年、日本でヴァギナは解禁されたか?
困った。
http://www.nature.com/news/2006/060227/full/060227-7.html
↑Early Andean maiza uneathed(要登録)
Andeanという言葉があるのか!とびっくりしていたが、
それどころではなかった。
また、厄介なものを見つけ出してくれたものだ。
自分に向かって隠してしまいたくなる。
約4000千年前。少なくとも3600年前、
つまり従来考えられていたより1000年近く溯る時期にトウモロコシがアンデスに
入っていた。
イモシリーズが瓦解する音が聞こえるよ…。
と、言うほど深刻なものではないか?(力作だったんだけれどなぁ…←まだ未練)
広告で匂いのない男性用フェロモン香水というものがあることを知った。2万円
以上する。
いつの間にヒトのフェロモンが発見されていたのだろう?
少なくともわたしは知らない。
どうしても愛さずに愛されたいらしい。
『ヴァギナ─女性器の文化史』(藤田真利子・訳、河出書房新社2005)を読む。
"THE STORY OF V-Opening Pandora's Box"(Catherine Blacklege,2003)の邦訳。
同じ訳者はこれより前に『ペニスの文化史』(作品社、 2001)も訳している。
この本も文句なしに面白い。
同じ作品社からは
『ヴァギナの文化史』(Jelto Drenth,2001、塩崎香織・訳2005)も出されている。
"The Origin of the World"
ギュスターヴ・クルーベの絵画のような題名のこの本は男性が書いた本だが
2005年は日本でのヴァギナ解禁の年だったのだろうか?
わたしとしてはどちらかと言うと『ヴァギナ─女性器の文化史』をお薦めしたい。
女性だけでなく、男性にも。
どうでも良いが、題名の付け方に格段のセンスの違いを感じる。
何でも文化史と名付ければよいのか?
"The Origin of the World"は確かに人文系の知識の羅列だが、
たぶん『O嬢の物語』にも引っ掛けてある"THE STORY OF V"は
何となく姿勢が違うように思う。
科学畑の作者が経た、ユリシーズ的な魂の彷徨を感じさせてくれる。
自然科学的なアプローチから分かったことは
余りにも研究が行われていなかったこと。
そのことから彼女は自然科学もまた、属する文化によって規定されると知る。
だが惜しい。"THE STORY OF V"の英国版ではカラーの口絵が白黒。
序文で作者のCatherine Blackledgeはこの事を、国名指しで悔しがっている。
アメリカと日本の版でそうなってしまった。
作者の意図の重要な部分を変えてしまう感覚というのは
恐ろしく無神経で乱暴なことだ。
http://www.amazon.co.uk/exec/obidos/ASIN/0297607065/qid=1141540061/sr=1-2/ref=sr_1_2_2/203-7230822-9807935
そして英国版と比べると↑表紙が余りにもいやらしくなぁい?。
英国版も持っている。発売された頃から、気に止めていた。
翻訳が出された時は悔しかったが、今では買っておいて良かったと思う。
口絵だけではなく、文章そのものも英国版のことばは優しい。
あまり、解禁はされてないみたいだ。
けれど、伝えられるメッセージはきちんと受け止めたい。
おんなは自分のおんなに誇りを持つべきだ。
そのことを言いたいのだと思う。
確かに知らないことだらけだ。
一方は持っている本人が振り回されるほど誇示され、
一方は本人が無知であるほどに隠される。
つまり、知らないことは勿論だが、知るまいとしている。
その姿勢が世界を奇妙に歪めている。そう思える。
両極へ向かってデフォルメされている。
己自身を知れ!これは古来からの哲学的標語だが、
他者を見出せないところに自己は存在しようがない。
他者を見出しにくい。
かく言うわたしも「人を見ていない」そうよく言われた。
不本意ながら認めねばならない。
草や木、場合によっては生物以前の自然に没頭してしまう。
山ばかり歩いてきて、だから見えたものがあった。
80年代、日本から田舎が消滅した。
それは都市と対照的といっても良い存在だったが
それが消滅し、全てが都市になった。
それが何だ?!
結構重大なことだったと思っている。
対照するものとしての田舎を失い、都市は自然への経路を失ってしまった。
つまり、都市的なものが全てのものの見方になり、
都市がむしろ見えなくなった。
自然を見失うと人工が見えなくなる。で、人工が全てとなっても気が付かない。
そんな気がするのだ。
わたしたちは身体という自然を見失っているのではないか?
この本で好ましく思えたのは快感の機能にかなり頁数を割いていることだ。
それは脳で感じることに他ならない。
けれど何故快感が「ある」のか?
ペニスとヴァギナは快感を通じて驚くべき協力関係を見せる。
しかも、その事は様々な種で示されている。
この事実ですら最近明らかにされたことだ。
そんなことは分かってる。そう断言するお方が沢山いそうな気がする。
科学者が見ようとしてこなかったのではないか?そうとも思う。
だが、その協力関係を社会生活に反映させている文化も
極めて少ない。って言うより、あるのか?
脳とゲノムそれだけで人間が分かってしまうような勢いだ。
確かに面白く、驚きに満ちた分野だ。
或いは物理学の統一理論が完成すれば世界は分かってしまうのか?
そう考えている人もいる。
わたしはそう考えない。
これら還元主義は決定論に結びつく。
〜ならば…である。
そう簡単ではないことはこの冬の出来事でも分かる。
恐ろしく速いコンピュータを駆使して出した予想は05〜06年の冬は暖冬。
そのはずではなかったか?
結果。「平成18年豪雪」そう名付けられる極寒と豪雪のダブルパンチだった。
わたしも個人的にエライ目に遭った。
車が雪に埋まった。
適切に対応する情報は既に手の内にあった。
「暖冬」という情報がそれに強力な先入観を与え、見えなくしてしまった。
昨年は19年振りの豪雪だった。
異常気象というのは人間が一生の間いちど経験するかどうか
その位の頻度で起こる現象だという。だったら今年は大丈夫だ。そう思った。
というより、そう思いたかった。
で、そう思った。これが間違いの元だった。
おんな関係には奥手の上、辛酸をなめてきた。
だからなのかなぁ?どことなく避けて通ってきたフシがある。
明らかにモテない。
開き直って、モテる奴なーんてなりたかぁないね!そう粋がってきた。
なりたぁーい!実はこれが本音。本音を維持していると辛く、疲れる。
で、なりたかぁない。そう思っていると思いたかった。
で、そう思ったに過ぎない。
知らないことだらけなのだ。その事は認めなければならない。
チンコやマンコについて自分がこれ程無知で
しかもそれらが極め付きで面白く、尊いものだったということ。
その事を知って、何となく自分の身体も愛おしいものに思えてきている。
己自身を知れ。
これに
無知の知を代入すると
己自身を知らないことの知。そういうことになる。
森羅万象を知る上でこの事は
入り口であり、多分出口でもあるのだろう。
デフォルメはデフォルメでよい。それをデフォルメとして受け止めたい。
IKEDA Yutaka
2005,9,2 アスペリティー覚え書き
自分自身のこだわりをほぐしてゆくのは結構しんどい。
言葉なんてじゆうに使えばいいじゃん。そうも思っている。
けれど今回アメリカで被害を出したハリケーン"Katrina"に伴う洪水や高波が
Tsunami
と至る所で報道されている。
…複雑な思いに駆られる
例えば
http://www.latimes.com/news/nationworld/nation/la-na-mississippi31aug31,1,4677599.story?coll=la-headlines-nation
↑<http://www.latimes.com/news/nationworld/nation/la-na-mississippi31aug31,1,4677599.story?coll=la-headlines-nation>'This Is Our Tsunami'
Los Angeles Times August 31, 2005
(上手く繋がるのかな?ダメだったらコピー&ペーストでつなげて見て下さい)
かつて、村山首相は水俣病に関して「苦渋の決断」を下した。
気持ちは手に取るように分かった。
患者の側に立ち、最大限救済したいがその力量がない。
苦しかっただろーなー…。そう思った。
だが
それ以来政治家は至る所で「苦渋の決断」をし始めた。
便利な言葉に変質してしまった。
普賢岳で火砕流が起き何人もの方々が亡くなった。
新聞各紙は「大火砕流」としてそれを報じた。
火砕流としては決して大きな方ではない。
あれが大火砕流ならばシラス台地を作ったような火砕流は何と呼べと言うのだろう?
「困るんだよね」と思った火山学者の方々は多かった事だろう。
何度か触れているが
「復興」という言葉は関東大震災以前には存在しない。
何度も触れているのでちょっと詳しく書きたい。
ヤマモトゴンベエ
この名前から皆様はどんな人物像を描くだろう。
南シンボーの本で写真を見てびっくりした
軍服にいかめしいヒゲ。エラソーなのだ。
関東大震災の時、この山本権兵衛は
内閣総理大臣兼外務大臣として「地震内閣」を組閣している。
エラソーではなかった。エライのだった。
関東大震災より1週間ほど前の8月23日
時の首相加藤友三郎が病死した。
他の大臣は一同辞表を提出。けれど
「後藤内閣の出現まで政務を見よ」との天皇の一声で
外相の内田康哉が臨時首相に就任した。
が、これまた8月28日総辞職。
後継首班に推挙されたのがこの山本権兵衛だった。
政治的空白だよね。大混乱のとき。大地震があった。大混乱になった。
山本「地震内閣」の最大の弱点は与党議員が少なかった事だと思う。
田中康夫が首相を務めているようなものだ。
この時の内務大臣後藤新平は震災前より活気ある都を興すという意味で
「帝都復旧では何にもならぬ。帝都復興でなければならぬ!」
と、第一声を上げた
(東京府長ではありませんでした。ゴメン。間違えていた)
実際かなり具体的なスケールの大きい構想を抱いていた。
のだが、少数与党の悲しさ、
当初独立した「省」を目論んでいた後藤の意図は
各大臣の反対などにより「復興院」となり
40億円の復興計画は9分の1に削られた。
後藤は「ホラ吹き」だの「大風呂敷」だのと呼ばれる羽目になった。
かくして復興という言葉は生まれ定着したが
言葉だけが一人歩きを始めた。
復旧という言葉は今では道路の復旧とか崖崩れで埋まった畑の復旧とか
相当小規模なものだけを意味する言葉になってしまったのである。
後藤新平の熱き思いとは裏腹に
以後、何から何までが復興となってしまったのであったったぁー。
なんか講談か浪曲書きたい気分になってきたぞ。
政治は災害をもパワーゲームの材料とする。
関東大震災は政治的な不安のさなかに起き
増幅された不安を基盤に軍部が急速に台頭した。
この事の象徴的な存在として甘粕に関しては
機会があったらいずれ書きたい。
言葉はインフレーションを起こす。
過度に流布されると、意味という価値は急落する。
昨年のスマトラ沖地震にともなう津波の画像を見ていて
改めて、津波は単なる波ではないのだな。と感じた。
カトリーナは巨大な竜巻とも言えそうな最大風速を記録し
高潮は9mの波となって押し寄せ、日常的な想像力を遙かに越えた。
その被害は甚大だったが、死者の数は数えられる。
(それにしてもニューオーリンズの8割が水没し
死者数千人は想像もしていなかったが…)
これは沖に流されなかったと言う意味だけではなく
殆どの遺体は「つながっている」。
「ひとり」と数えられる形で保存されている。
津波の遺体はそうではなかった。数えられない。
千切れてしまったものがあまりにも多いのだ。
津波は建造物や岩礁、木々、そして人体を破壊し
破壊されたそれらのものが更に大量に猛スピードで流されてきて
津波と津波が破壊した残骸のひと塊の波がまた人体を破壊する。
その事が実感として分かった。というより分からされた。
ぞっとした。
高潮の悲劇を強調する為にTsunamiという表現を使う
それも良かろう。しかし
同じ単語は意味を均質化してしまう。
一方の悲劇が高められる時
もう一方の悲劇は貶められる。
わたしにはそう思えて仕方がない。
随分遠回りしている。
アスペリティー(asperity)という用語がいつ頃から使われるようになったのか
あまりはっきりとした記憶がない。
いつの間にか、聞こえ始め、最近では新聞の解説に使われていたりする。
たぶん、記者がいつ勉強したかに依るのだと思うが
いろんな時代の使われ方が一緒くたになっていたりする。
混乱した同じ言葉は均質化され
そのままあふれかえって、意味という価値を下落させる。
as・per・i・ty【名】
1 (気質・言動の)荒々しさ(roughness); [通例〜ies] 辛辣な言葉(⇔amenity)‖
an exchange of 〜ies ひどい言葉の応酬/
talk with 〜 手きびしく言う.
2 [通例〜ies] (気候・境遇などの)きびしさ‖
the pleasures and 〜ies of life 人生の苦楽.
3 (表面の)粗さ,(地面の)でこぼこ;ざらざら[でこぼこ]した部分.
[ジーニアス英和・和英辞典 大修館書店]
英語の意味としては3.なのだなと何となく分かる。
ちょっと混乱していると思うのは
ざらざらしている部分が地震を起こすのか
つるつるしている部分が地震を起こすのか
という、相当初期の議論をそのまま引きずっているように思われる記事が
ときどき(ではないんだけど)見受けられるからだ
地震は破壊現象であるなら
破壊は弱い部分で起こる
直感的にそう思う。
プレート同士が接している部分に
つるつるしている部分
と
ざらざらしている部分
があるらしい。(以後、断定している所には「らしい」をつけて読んで下さい)
つるつるしている部分の方が弱い部分と感じる。
ならばつるつるしている部分が割れるはず
直感は次のこうした直感につながりやすい。
事実もこの直感とそれほど大きな違いはないと思う。
ただし
常に地震が起きていないのは何故か?
ざらざらしている部分はどのようになってしまうのか?
それをちょっと考えると事態はそれほど単純に考えられなくなる。
つるつるしている部分が地震を起こす。
それが繰り返されるとすると
ざらざらしている部分は永久に固定されたままなのか?
そんなはずはない。
ざらざらしている部分が留め金になっていて
それが外れるとつるつるしている部分が大きな地震を起こす
のか
つるつるしている部分はいつも動いていて
取り残されたざらざらしている部分がこらえきれずに大きな地震を起こす
のか
これは一時期論争になった。
どうやら大きな地震を引き起こすのはざらざらした部分だ
と言う事が分かってきた。
沈み込むプレートの滑り残りの部分が一気にバリッと割れて
大地震を起こす。
そのざらざらとかでこぼこした部分をアスペリティーと呼んでいる。
またはアスペリティー領域。
様々な報道を覗いてみた。
いろんな解説がなされていて
アスペリティーがだいたい3つの意味で使われているな
そんな感触を持った。
1.プレート間の突起部がある部分
2.プレート間の中の強度の大きい部分
3.地震の時、大きく滑った部分
1.と2.は滑りにくさの原因が違うが、プレート間の性質であって地震の度にそれ程変わるものではない。
けれど3.は地震毎に変わる可能性がある。
小難しくなった。要は
地震を起こしそうな所
と
地震を起こした所
その2つに分けられると思う。
その2つが一緒くたになっている。
つまり
地震を起こした所は地震を起こしそうな所
そういう考え方なのだろう。きっと
だから
78年の震源域(起こした所)=想定された地震(起こしそうな所)となる
この考え方が分かる人、完全に納得でき、賛成できる人
何人いるのかなー?
2005,8,31 予想はもうよそうよという気分だ
政府の地震調査委員会が16日の宮城県沖地震は「想定していた地震ではない」という見解を発表した。
想定したのは彼らだ、それだったかどうか判定するのも彼らしかない。他の者が口を出す筋合いのものではない。
だったらかれらが勝手にどこかでやっていればよい。
…そういったものでもなさそうな気もどこかでする。
論理が分からない。
「想定していた地震ではない」
何故か?
「想定していた地震でないからだ」
そう言っているようにしか読めない。
または「鏡の国のアリス」を読んでいるような気になる。
「論理は正しいのだが、地球の方が間違っている。」
そんな事は言っていない。そう反論が返ってくるだろうが
やっている事はそう言う事だ。
わたしはそう思う。
ベルトコンベアーのように沈み込む海のプレートに接している
こんにゃくのような陸側のプレートがぷるるんと跳ね返る。
この弾性反発説は海溝付近で起こる巨大地震の説明として
大変説得力があった。
Reidが1910年に提唱したこのモデルは
もて囃されるプレート理論との整合性、
大地震は繰り返されるという経験則との整合性、
そして何よりも分かり易いという長所があった。
その後、モデルに修正は加えられたが
基本的なところは変わっていない。
何よりも竹内某先生の功績もあって
多くの人がそのまんま信じている。
さて、宮城県沖地震
この「繰り返される」大地震は1978年の震源域を想定される地震とした。
36年にも起きたとされているが、震源域が正確でないという理由で
想定していた地震とは78年の地震の事だ。
「繰り返す」と言っておきながら想定しているのはたったひとつの地震だ。
と言う事はいつも全く同じ地震が起きると想定している事にならないか?
これではこんにゃくモデルそのものだ。
ベルトコンベアのようにプレートが滑らかで、均質であり
断層がひとつしかなかったらきっとこの考え方は
見事に事実を説明しただろう。
事実は残念ながらそうではない。
にも関わらず、37年周期で同じ地震が繰り返されるという理屈から離れない。
うかつに「今回の地震は、想定していた地震でした」と言ったら
あと37年間大きな地震はないと宣言してしまう事になる。
こんなこと、誰が出来るだろう。
年金制作と同じだ
早いとこ謝ってしまった方がいいとわたしは思う。
「想定が間違っていました」
そうしたほうがずっとすっきりする。
むろん、地震学者の方だってこんにゃくをそのまま当てはめている訳ではない。
こんにゃくモデルでは上手く行かない。その事を誰よりもよく知っているはずだ。
プレートはざらざらというよりゴツゴツしており、
震源域は固定していないし、重なり合ったりもしている。
モデルには常にと言って構わないくらい修正が加えられている。
が、そのことが上手く伝わっていない気がする。
アスペリティーという用語が頻繁に新聞紙上に登場するが
それがどのような経緯で登場し、何を意味するか
分かり易く、正確に解説したものに出会った事がない。
などと言っているうちに、東北大学で異論が出たり
三陸沖でマグニチュード6.2の浅い地震が起きたりして
事態は次々と変化してしまっている。
もっと速く、書く必要があるなぁと感じている。
2005,8,3 流されて
ある日突然掲示板が消えた
わたしの掲示板だけでなく仲間たちが寄ってたかって使っていた
掲示板サイトそのものがなくなってしまった。
元のURLから飛ばす事も出来ないという。
殆ど同じものを作ってやろう!
googleのキャッシュは残っているし
手元に保存してあるデータで完全な復元も可能だった。
が、止めた。
幾つか発言を貼り付けて、新しく出直す事にした。
なくなってしまった他の掲示板の復活や連絡
再開するや否や書き込んでくれる嬉しい仲間たちへのレス
それを機会に検索サイトをフルに活用した。
様変わりしたなぁ…
以前は「地震満々」で検索するとほぼここが出てきた。
最近やたらに使われている事に気が付いた。
行ってみると「〜のひとりごと」に「なんとかPRESS」
仲間のサイト総登場だ。
画像まで使われている。
どうでもいいが、なんかなー
心の貧しさを感じる。
それはそれ
泉くんのセンスの良さに感心した。
方針を大幅に変える事にした。
掲示板やコメントに書きなぐった事をここにまとめるつもりだったが
わたしの性格上書きなぐる事が出来ないらしい。
学者には書けず、偉大な素人には無理な
そんなことがわたしには書けるのだな…
と、自分の特性のようなものも見えてきた。
ならば、いちいち分ける必要もない。
分けて考えていたら『地震満々』に自分で厳密さを要求し始めていた。
止めよう。
いい加減な事ばからしい事を真面目に
もっとシームレスであって良い。
掲示板がなくなるという「災害」で
関東の地震についての覚え書きが吹っ飛んだ。
丁度良い。
ここも
また始めましょう!
2005,7,29 月はどっちに出ている?
不思議な事だと思う。
大きな地震は満月の時が多い。そんな気がする。
けれどいざ月齢と有感地震の関係を調べてみると
最大震度、マグニチュードをどのように設定してみても
有意な確率を得る事は出来ない。
無関係。そう言わざるを得ない。
力が加わると物体は歪む。
歪みは物体の変形をもたらし、変形の1様式として破壊がある。
地面が破壊するということは地震が起こる事だ。
な訳で地面の歪みを測定する。
精密な歪み計を設置するのだが
精密だけあっていろんな歪みも測定してしまう。
学生の頃歪み計が描き出す線がサインカーブであることにびっくりした。
月や太陽による潮汐歪みも描き出してしまう。
潮汐作用は地球そのものも変形させている。
これが地震に影響している訳はないではないか。と思う。
考えてみると地震にもいろいろなずれ方がある。
(地震学の地震とは断層がずれる事)
横ずれだったり逆断層だったり、正断層だったり
これは力の加わり具合が異なるという事だ。
全部まとめて関連を調べても無理がある。
地下で押す力が加わるという事は
別の方向に引く力が加わるという事と同じ。
このことが腑に落ちるまで時間が掛かった。
とりあえずそうなんだと信じて貰うしかない。
この引く力と潮汐力の働く角度は比較的簡単に計算できる。
この角度と地震の起こる確率はかなり関係がある。
地震の起こる引き金にはなっていると思っている。
けれど問題がある。
地震が起こってみないと「角度」が分からない。
月をみて、今日は横ずれ断層による地震が起こりそうだ。
今日は逆断層…
しかも断層の方向が限定されてしまう。
あまり役に立ちそうにない。
従って、地震と月齢には関係がないが、無関係ではない。
歯切れの悪い解答しかできない。
7月23日の東京の地震は逆断層による地震だと考えられている。
この断層の引く力と潮汐力の角度を計算してみると
最も影響が少ない関係にある。
そういう時も地震は起きる。
「月と関係なく起きる地震もある」
さらに歯切れが悪くなる。
感想などお寄せ下さると本人の励みになります。よろしくお願いします。
2005.6.29 読まれ方
5月10日、新幹線の中から見ると富士山の方向から一筋の雲が流れ
遠くで雨が降っているのが見えた。噴火の時はこんな風に見えるのだろうか?
そんなことを考えていろいろな角度からその雲を眺めた。
車内でSimon Baron-Cohenの「The Essential Difference (Allen Lane Science S.)」
を読み終える。
こんなものを読んでいたので随分時間がかかってしまった。
男と女の間には深くて暗い河がある
それらの多くは脳の働き方の傾向がシステム化と共感という異なった偏り方をしている。
脳の性差とはここに還元できると書いてある。
最近むやみに男脳女脳とうるさいなぁと思っていたが
どうもこいつが火付け役だったのではないか?
この本ではきちんと単なる性差によって決まるものではないと
繰り返し、こだわって書かれているが、
こうした大切な事から売れ筋の本は無視して行く傾向がある。
すれ違いや分かり合えない事は脳の機能が異なっているからだ。
従って、それらは不可避なことだ。
そのように脳の性差は語られはじめ、
「地図が読めない…」などの怪しげな本が売れる。
わたしは頭が固いのだが、ほかの人たちもかなりなものだと思う。
人間や動物を自動的に組み立てられる機械のように考えている。
少し前に光文社新書の『子供の「脳」は肌にある』(山口創2004)を読んだ。
子供だけではあるまい。
脳神経の成長は子供のうちに終了する
という医学的な常識を覆す実例には事欠かない。
むしろそれらが身の回りにいない人を探す方が困難なほどに。
半身不随の状態に陥りながら、何故か言語を発することが出来る人。
脳の異なる中枢が別の役割を担っている人。
肌からの刺激を含め、どのような情報がどの程度の頻度で入力されたか
それら抹消の働き方によって脳はその機能を変えてゆく。
少なくとも少しは機械と比べて生物は柔軟性をまだ持っている。
確かに男と女とは全く同じ機能と感性を持つ訳ではない。
そんなことは分かっている。男と女の間には〜
ならばすれ違うだけなのか?
ヒトとイヌやネコの脳は機能が異なる。しかし愛情の交換が行われないのだろうか?
植物に対してはどうか?
これも交換の実例にはたぶん事欠かないと思う。
それぞれのやり方で、多分に誤解を含みつつ…
遺伝子か脳かに全てを還元しようとする欲求というのはどこから来るのだろう?
原理原則をひとつにまとめたい。この欲求の強さは欧米のものだった気がする。
そのためヒトは遺伝子か脳かどっちでもいいけど
それが分かれば全て分かる。
言い換えれば何かに操られる人形のように扱われてしまう。
これら売れ筋の本は男と女がまともに向き合うために書かれているのだろうか?
異質な存在を認め、深くて暗い河にえんやこら舟を出す為にあるのだろうか?
相手が思い通りにならない。
むしろその事を言いたがっているようにわたしには思える。
そんなことは自然界には存在し得ない状態だ。
脳にはそうしようとする癖がある。養老さんはそう言う。
わたしもそう感じる。
部屋に閉じこもっていることだけが引きこもりなのではあるまい。
先日、「アニマルプラネット」というチャンネルで
受刑者と捨てられた犬や猫との交流を描いていた。
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2005.3.20 福岡よおまえもか!
無理矢理、どうしても日本で一番地震が少ないところを言え!
そう脅されたら山口から福岡にかけて、そう答えるしかない。
有感地震の回数、震度、マグニチュードを掛け合わせた数字が最も少ないからだ。
福岡の地震、全く予想していませんでした。
防災研の資料を眺めても、突如起きた。そう思わざるを得ない。
6時ちょっと前にマグニチュード1.5程度の地震が起きている。
警固断層と呼ばれる断層をのばすと今回の震源に繋がる。
だが警固断層と今回の地震の動き方はあまり一致していない。
結局関連性があるかどうかも良く分からない
こういうのを気を付けているといつでもどこもかしこも気を付けなければならなくなる。
ここで起きるくらいなら他のところですでに地震が起きていて不思議ではない
そんな場所がいくらでもある
何故をなんども繰り返して感じた地震だった。
それにしても、公衆電話がなくなりつつあるのはちと不安だ。
ケータイが普及した。が、それは公衆電話程度に使えるのか?
試しに使ってみた電池式の充電器は電流が逆流して
ケータイのほうの電池がなくなっていったり
いざというときはたいてい使えなかったり
171の防災伝言ダイヤルは30秒の録音時間で
さて、一体何が伝えられるのか?
大きな災害があったしばらく後に試しに使える期間を設けたり
もう少し、録音時間を延ばしてみたらどうなのだろう
火災が発生しなかったのは驚きでもあった
福ビルのガラスの破片で怪我をした人がいなかったり
この被害の少なさは奇跡と言ってもかまわないと思う。
感想などお寄せ下さると本人の励みになります。よろしくお願いします。
2005,3,12 単なる余震だとよい
関東大震災の前大森房吉と今村恒明との間で交わされていた議論がある
この師弟、ことあるごとに論争しているのだけれど
房総半島沖で起きている群発地震は大地震の予兆かどうかをその時議論していた
議論で決着が付くはずもない
今村は雑誌「太陽」に関東に地震があった場合の予想記事を投稿した
地震を予知したものではなく、今で言えばシミュレーション。
その中に関東地方に大地震が周期的に起きているという啓発があった。
内容ではなくこの啓発が注目を集め東京府に地震が来ると新聞に紹介された。
根拠のあるものではない。大森はすぐ反論を書いた。
やがて関東大震災が起きた
現在当たり前のように使われている復興という言葉もこの時まで存在していない
復旧ではなく、よりよい街の建設を
新聞などで当時の知事が熱く訴えた。
東京を大きく作り替える。そんな構想があった。
財源がなく、殆ど実行できず。大風呂敷と叩かれた。
今村は関東大震災を予測した男として名声を博している。
自分の財産を投げ打って観測所を作ろうとまでしたのだからそれも許されるか…
地震学での業績は大森の方が遙かに多い。
千葉県東方沖から茨城県南部にかけて地震が多い。
今のところ、この前の地震の余震として扱える。
余震の起こり方の大森公式に乗る。
気にかかるのはむしろ心理学的な問題なのかも知れない。
災害は時を止め「あの時」を原点にしてしまう。
あの時から…。あの時の前には…
そんな心理からか、忘れられていたり誤解されていたりしていることを
ちょっと書きたくなった
IKEDA Yutaka
2005,2,23 それは他者である
近所のベンガルというハンバーグ屋さんの紙ナプキンには
「パリの空の下で」の歌詞が書いてあり
その横にはアビニョン橋のスケッチが添えられています。
Bengalでなぜカリー屋ではないのか?
ハンバーグ屋さんでなぜシャンソン?
「パリの空の下」でなぜアビニョン?
何一つ統一感というものが感じられません。
あまりのばらばらさに感激してトイレに貼ったまま眺めてました。
そのうち書いてあることに興味が湧いてきます
どんな曲だったっけ?
聴いてみるとあまりに何回も聴いたことのあるシャンソン。
唄っているジュリエット・グレコという人に興味が移り
「愛し合いなさい、そうでなければ死んでしまいなさい」ってのも買った。
どんなすごいことが書いてあるんだろう?
いつの間にかフランス語にはまってしまっていた。
スペイン語の泥沼にはまって以来何年ぶりのことだろう?
あのときにはまだフットボールという実用性が少しありました。
今回は全くない。ただ何が書いてあるんだろう?
そう思ってしまっただけなのです。
外国語はどれも中途半端
ひとつでもモノにしていればすこしは楽なのだろうか
とも考えるが、中途半端なんだから仕方ない。苦労しよう
単純な人間なんだなーとつくづく思う
ちょっとでも知っている単語があると嬉しい
That isとThis isの区別がないとか
目的代名詞が動詞の前に来るとか
そげなことでじーんと感動してしまうわたくし
何故かは全く分からない
やはり単純な人間なのだろう
中でも、ほー!と感動したのは
「おーしゃんぜりぜ」
「おー」を今まで「オー!」だと思っていた
Aux Champs-Elyseesだったのね…「シャンゼリゼでは」なのか
実に初歩的なことだらけですが
沢山の驚きがこの一行に存在しました。
しかも、女の子が男の子を連れて歩いてる。
「二人は長い夜を過ごしてぼうっとなった恋人どうし」
などという怪しげな言葉もある。
良く読むとどうやらフランス版「地底の宴」みたいなのに参加しただけらしい
「おかしな連中がいる。地下でギターを一晩中抱えている」
そこに連れて行かれ一晩中唄った。と、
「長い夜を過ごしてぼうっと」なることだろうさ、そりゃ…
先日東京にいた。梅が満開だった。
半年前にはそれが当たり前だった。が驚いた
わたしの八百屋は雪で道路からは見えない。
かろうじて物理的に潰れるのを免れているだけだ。
それもほとんど毎日雪下ろしをして。これが今の当たり前
そして、30年前の当たり前でもあった。
当たり前というのは半年であっさり変わるのだな。その事が分かりました。
そして、フランス語に浸り、自分の常識や狭い文化の観点から
物事を見ると、確実に誤解する。その事が分かりました。
そのように動植物や地球を観ていないか?
いるのです。少なくともわたしは…
世界は自分の外側に存在する
その外側にある世界に他者は存在している。
外国語を読むとその事を実感します。
茨城県南部で地震が起きました
この辺り、何故か巨大地震は少ないのですが
比較的大きな地震が起きると方々で地震が頻発する
そんな話題で書き始めたのですが、
さて、それほど意味があるかなぁ…
世界史を極めれば未来が分かるか?
真剣にそう思われた時代がつい最近まであったことを覚えています。
歴史の法則だとか呼ばれていました。
あんまり最近聞かれなくなりました。
それと同時に自由や平等そして平和は愚か者が語る夢になりました
地震がなくならないのと同じようにそれらはあり得ないことだと
わたしも思います
地震の予知は不可能ではないか
わたしはそう考えています
同時にそう簡単に諦めてはいません
なによりほとんど何も分かっていない出来事に対して
簡単に結論を下せません
地球や動植物はわたしではありません
もう少し拡げると、少なくとも人間とも違う。
それは、明らかに、他者です。
その事は驚くべき事実です。
自分の外側に他者は存在し、
それらは明らかにわたしたちとは異質な存在です。
しかもそれらは
繊細で雄大な世界を形成しています
そのことは実はとても気付きにくい事柄です
わたしたちは他者を理解できるのだろうか?
その事を時々考えます。
わたしたちが出会うのはわたしたちの脳に描かれたイメージで
他者そのものではありません
わたしたちは他者と他者のイメージの間を頻繁に往復し
イメージを可能な限り実物に近づいてゆかねばなりません。
地球は少なくとも言語で作られている訳ではなく
地球を理解しようとする限りわたしたちは言語によって理解するしかない。
動物たちと会話をしたいという夢想はいまだ捨てきれない
けれどそれはほとんど不可能なことだということを理解しています。
わたしたちはにもかかわらず彼らを言語で理解するしかない。
その事実に直面するたびにわたしは激しく他者を意識します。
彼らは決してわたしたちではない。
科学的な装いをまといつつ科学ではない
否定可能性のない言語で記述された地震予知の方法に
嫌悪感を感じるのはその為かもしれません。
かれらは対象が他者であること
他者であるが故の世界の素敵さにあまりに粗雑。
他者を認識していないという意味では
スカートとパンティさえあれば生身の女はむしろ邪魔と言いたげな
男の視線と同じ嫌らしさを感じます。
性を否定することを前提としたSexualityは
あらかじめ奪われたSexualityです。
つまりは、他者を他者であると認識するということは
自分を見出すということです。
フランス語は圧倒的な他者の言語として迫ってきます。
無理だ!と言いたくなる発音が一杯。
単語も意味の取り方が極めてムズカシイ。意味がたくさんある。
あきらかに日本語と違います。
そこが魅力なのかもしれません。
翻訳はこの年齢で発見した新大陸でした。
IKEDA Yutaka
感想などお寄せ下さると本人の励みになります。よろしくお願いします。
2004,11,28 冬へ
とにもかくにも何も書けなくなった。
噴火、台風
夏は大騒ぎして走り去り、秋はいよいよ訳が分からなくなった。
台風の被害を見に、新潟の地滑り地帯に入り込んだら地震に遭遇した。
帰れないままにあれこれ手伝っているうちに被災者なのかボランティアなのか判別し
がたい存在になっていた。
おかげでボランティアする側とされる側の立場でものごとを眺めることができた。
「相手の身になって考えなさい」
小学生の頃よく聞いたこの言葉も中学生頃から急に耳にしなくなり、
今では子供たちに自分の考えを押しつけるとき使っていたりする。
災害ボランティアは「人気」がある。
とりわけ、ボランティアの必修という意味の分からん教育課程ができてから意味の分
からん奴がどっと押し寄せる。
何をやっても「喜ばれる」という根拠のない期待がある。
他のボランティアより派手で、充実感(自己満足感)が得られる。
短期間のみの非日常を体験できる。
果たして何人が「される」側に立った考え方ができるのだろう?
かなり昔から感じ続けてきた苛立ちが、やはり今回も湧き上がってきてしまった。
いつもなら目にすることもないような古着や壊れかけた電気用品
救援物資にはいまだそれが多く存在している。
どっと押し寄せる人材にもそれが多く存在している。
家財道具を運び出している家に突然現れ「話し相手のボランティアです」とお茶お菓
子を要求する。
「一人暮らしは物騒だから、私たちがここに住んであげるよ。おばあちゃんは養老院
へ預けた方がいい。」平然と言い放つ人。
ボランティアは善意であり、善意に対立するものは悪意(?)。
逆らうすべもなく善意に切り刻まれ、 多くの被災者たちがまた何年も運び込まれる
「ゴミ」の夢にうなされる。
される側が期待するのは誠実なプロフェッショナルであるということ。
だが、ふと思う。災害のプロなんているのだろうか?
三宅島で体験して以来の大きな揺れ。
だが、同じ災害はふたつとない。すべてが異なると言っても良い。
山古志村が全村民避難をした。
やっぱり三宅島と比較されて語られる。
三宅島の時も阪神大震災と比較して語られた。
そのことの意味の希薄さに、ほとほと疲れた。
山古志村は来春長岡市に編入合併される。
離島とは違った困難があることだろう。
阪神大震災の、雲仙普賢岳の、三宅島の、…の、教訓が生かされていない。などとと
ても言えたものではない。
ただ、過去の被災者たちが封印していた痛みが跳梁跋扈する。
東京を去ってふた月経つ。以前、あれほど圧倒的な美しさで迫ってきた山々もさほど
の感慨はない。
東京で探していた秋も、ここには至る所にある。
敢えて「誰かさんが見つけ」なくとも、辺り一面の秋。
誰もが、気にも留めなくなり、そして誰もそのことに気がつかない。
日常とは、そんなものだろう。日常は見えない。
日常の中に非日常が突出してくるとき、たぶんそれは災害と呼ばれる。
日常の中で培われた技術はそのまま非日常で役立つとは限らない。
地震後、やたらに歩き回った。
戻ってきてから、自分が疲れていることに、気がついた。
わたしは非日常から日常に戻ってきた。
被災された方々は戻ることがない。
けれど、確実に自分が、地震に疲れていたのだと気がつくときが来る。
ボランティアの方々は戻る。あのまま居続けたら凍死しかねない。
そうした、冬がやってくる
いけだ
2004,9,12 組み替え
じゃがいもの話しを書いていたら
地球温暖化とは氷河期への序章なのではないかと思い始めた。
線虫という、あまり知られていない
生き物の魅力にも触れたくなった。
あまり知られていないという点では古細菌もそうだ
夏。暫くWebを離れた。
全てがひと夏の間に起きた事とはとても思えない
激変。
わたしも動く、対象も動くではとても書きようがない。
人が感じ得る全ての感情を体験したような気がする。
気が付くと弾丸さん言うところの「夏への扉」の前に立っていた。
確かにそう思う。
わたしはその扉を開けるのだが
それは別人になってしまうことを意味する。
別人だったわたしが自分に戻るのかもしれない。
どっちでもよい。
その前に言い残しておくことはないか?
そう考えているうちに、扉を開けてしまった。らしい
もう駄目だ。戻ることは出来ない。
だが、書きたいことは山程ある。
困っている。
書いているうちに考えが変わっちまう。
一体これはどういう現象なのだ?
浅間山の方角が何となく赤い。
夜中にそう思った。軽井沢もでかい街になったんだなー
翌日、浅間山が噴火した。
どうやら火映現象を目撃していたらしい。
我が家からは浅間山は見えない。
けれど噴火するたびに何度も噴煙を見ている。
方角だけはしっかりと頭にこびりついている。
思いのほかぎりぎりで見えないらしい。
上空の風速が速かったため灰は拡散したが
小さく、そして連続もしない噴火だった。
火山弾の下草が焦げているので高温だった事は間違いない。
だが、テレビで映し出されている火山弾と「パン皮状火山弾」という説明の間に
イメージの相違がある。マグマが融けた状態で飛んだとは思えない。
さて、こんな小さな噴火で、なんらかの影響が地震にあるのだろうか?
防災週間でなければこんなことは考えなかっただろう
べつに富士山が活動を始めたわけでもない。
…2回の海溝地震をどうとらえるか?
想定された震源域からわずかにそれている
いまのところ「関連性がある」を否定する材料がない。
否定可能性がなければ「ある」を言えない。
公式発表の「…とは言えない」とういう情報の
発信された考えと、受け取る側の考えにズレが感じられる。
続いて日本海側でも2回の地震があった。
危機意識が湧かない
上京する新幹線の車窓から浅間山の山頂付近に新しい灰を見た。
頭の中で考え方の枠組みが激しく組み替えられつつある。
組み替えが終わった後の考え方はどうなっているのだろう?
--
IKEDA Yutaka
2004,6,17 ちゃんと調べなければ・・・
いもは一体どこまで広がってゆくのだろう?
いやー、とんでもないところまで調べてしまった。が、
3部作を力任せにまとめたからだろうか、
まちがいが…
狼の桃-Lycopersicum esculentum
これは現在の学名。学名は一度付けたら変更してはならない。
これは大原則。だからウニの仲間のブンブクの中には
Please kiss me だのKiss my lipだのふざけたものが多い。変えられない。
学名に悪意をこめることも出来る。まぬけなルーニーと読める有爪類もいる
現在ではこーゆーのは登録されない。
ので本に書いてある通りに丸写しで書いた。
変だなぁ…とは思っていた。
リコピンはトマト赤い色素のこと、でesculeは狼?
最初につけられた学名はLycopersicum rubeo non striano
筋なしの狼の赤い桃
こちらでした。学名が変わるという珍しい例ではあります
Lycopersicum esculentum は食べられる赤い桃。何の面白味もない。
学名はラテン語。わたしに分かるはずがない。
けれど意外と英和辞典で類推できることが書き続けることで分かってきた。
無味乾燥だったものが少し潤いを持った。
ところが折角興味を持ち始めた線虫や古細菌、
分子的な特徴で呼ばれている。
全く味も素っ気もない。だけでなく、覚えられない。
スィフトやデフォー、マスサス←マスサスって誰?
マスサスは勿論マルサスの間違い。
彼はアイルランドの娘達の早婚の問題になると何故か感情的になる。
個人的な何事かがあったとあたしゃ見るね。
人生はくだんねー。目的も使命もあるはずがない。
これ以上下らないことやつまらないことはする必要もない。
にもかかわらずどうして世界はこれほど面白いのだろう。
『地震満々』を書き続けてきてしみじみと感じてしまったのです。
とは言え、こんな作業を1週間に1本とか続けている人ってみんな超人だ。
--
IKEDA Yutaka
2004,6,17 いもは世界を救う。
街の中に彫刻や彫塑が置かれているのを見る度に、変なものがある
そう感じてきた。
そぐわない。
そう感じてきたのは日本のわたしだけではないらしい。
思い切って変ではない。けれど、どこか変だ。
そんなものを集めたフランスの写真集があった。
パリのメトロの明るく輝く白いタイル貼りのトンネルの中
短いズボンを履き、かつらを着けた貴族然とした男が
左腕にジャガイモの駕篭をかかえ、そのうちのひとつを農夫に差し出している。
農夫の顔は不安というより明らかに不信に満ちている。
この大理石像はここで何を言いたいというのだろうか?
真面目にそれを考えながら観賞し始めると
横隔膜のあたりから、不思議なおかしさがじっくりと沸き上がってくる。
何と言っても農夫の視線からのカットが最高だ。
ふんぞりかえったまま、ぐいっと差し出されたひとつの、いも。
背景には無機質なトンネルの壁が広がっている。
わたしは農夫の不信に同調する。
ここでこの得体の知れないものを一体どうすればいいのですか?旦那様!
貴族然とした男の名前はアントワーヌ・オーガスタン・パンマルティエ。
医師として主に薬学の分野でそれなりの功績をあげている。
しかし彼が歴史に名を残したのは、その専門分野ではなかった。
何故か彼の名は「…パンマルティエ風」として、多くの料理にも残されてもいる。
言わばフランスの青木昆陽。
彼も医者であり、新井白石たちより遥かに早くオランダ語を習得し、
遥かに早く人体の解剖書も出している。
けれど昆陽が歴史に名を残したのはサツマイモを普及させたこと。
パンマルティエはジャガイモの普及に40年間を費やしている。
時代も同じ18世紀。
フランスというのはどういう国なのだろう?
この頃の農地台帳をを見るとコムギしか作られていない。後は酪農。
小作人はこの2つしか信用していないかのようだ。
日本の米に対しての信仰と似たようなものを感じる。
それ以上かもしれない。
18世紀、小氷河期とも呼ばれる寒冷な気候が世界を覆っていた。
このような時期にたったひとつの作物に頼ったならば、ほぼ結果は見えている。
コムギが駄目だと、壊滅。
とどめを刺すように火山の大爆発が頻発する。
夏の長雨で根は腐る。
秋に蒔いた種は芽が出ない。
踏んでも踏んでも凍りつく。(麦踏みって知ってます?そこのお若い方)
フランスだけでも18世紀には16回の広範囲の飢饉が記録されている。
権力者達は基本的には飢饉どころではない。
植民地の拡大、奪いあい。宗教戦争。スペイン継承戦争にオーストリア継承戦争、
そして7年戦争…
やること(なのかなぁ?)はたくさんある。
しかし戦争も人がやることだ。
人口が減ってしまったり、農民が国内で暴れたり、逃げ出したりされると、
国力が弱くなってしまう。
7年戦争で彼はプロイセンの捕虜となりジャガイモと出会った。
プロイセンではフィードリッヒ大王が強制的にジャガイモを栽培させていた。
日本では安直な料理の名前の付け方がある
ごま油が使われてさえいれば「中華風」。生クリームでフレンチ。
トマトケチャップをからめただけのスパゲティーナポリタン。
「ジャーマン…」ってのはジャガイモが使われている料理のことと決まっている。
その理由はどうやらこのあたりに源がありそうだ。
どちらかというとジャガイモはベルギーという気がする。
ベルギーワッフル自体がジャガイモを何とかパンのように出来ないものかと
すり下ろしてパンケーキ状に焼いたものから発祥している。
希代のフットボール選手ルート・グーリットが日本に来たとき
フリットと呼ぶのだけは止めて欲しいと全てのインタビューで訴えていた。
フランス語圏で揚物とくにポテトフライを意味する。
海外で自分が芋天と呼ばれていたらやはり強く修正を求めたくなる。…なるかな?
少なくとも多くの人は嫌がるだろう。
話しが大きくずれた。
さて、パンマルティエ。本業は医者である。
捕らわれの身にありながらジャガイモにすっかり心を奪われてしまったようだ。
豊富な炭水化物。ミルクと共に食べれば、完全栄養食品となる。
痩せた土地でも、多少の寒さでも多くの収穫が見込める。
解放され、ヴェルサイユ宮殿でルイ16世に接見の折り
ボタン穴にジャガイモの花をさしてイメージアップを計っている。
これにはマリー・アントワネットも心魅かれたようだ。
何しろ観賞用として持ち込まれた植物だ。近所の畑に行って見てもナスより可憐だ。
次に、自宅にジャガイモ畑を作り昼間兵士に厳重に警備させる。
夜は引き上げさせる。思惑通りジャガイモ泥棒が現れ、自宅で栽培してくれる。
こいつ平賀源内っぽいところもある。
さらにパリの有名な科学者を集めてジャガイモ尽くしの晩餐会をひらく。
この時の料理がいまだ「…パンマルティエ風」として残っている。
この頃には既にサツマイモは食品、主にお菓子の材料として定着している。
トマトも最初は観賞用であり植物学者に狼の桃(Lycopersicum esculentum)などと
おそろしげな学名を付けられたもののイタリアでパスタとの幸福な結婚を果たし、
なくてならない食品になっている。
世の中には大声で語られない事情というものもある。
新大陸から多くの植物がヨーロッパに持ち込まれた16世紀、
イタリア、ミラノにジュゼッペ・アンティンボルトという人気画家がいた。
名前を知らなくても果物だの野菜だのが集まった肖像画を描く画家と言えば
思い当たる人も多いだろう。
あの果物や野菜にはそれぞれ意味があるらしい。判じ物にもなっているのだ。
もちろん、わたしには皆目見当もつかない。
コロンブスが新大陸を発見して100年目の年
彼はハンガリーとボヘミアを統治するルドルフ2世の肖像画を描き上げた。
皇帝に献上された肖像画はサロンで大変な喝采を受けた。
しかしすぐに「トマトを口の部分に使った理由を説明するように」と召喚を受けた。
翌年、彼は没している。永遠の謎、というわけだ。
けれどサロンで喝采を受けた理由が謎を物語っている。
好色な、いや生命力旺盛な権力者というものはどこにでもいる。
皇帝はとりわけ口を使った戯れ事が大好きだったらしい。
なるほど、ぽってりしたミニトマトでできた口は妙にエロチックだ。
シェイクスピアの『ウィンザーの陽気な人妻たち』の中に謎の言葉があった。
主人公のフォルスタッフは2人の女とベッドを共にすると早とちりして叫ぶ。
「空からポテトの雨が降ればよいものを…」子供のころ全く意味不明だった。
シェイクスピアの時代ジャガイモは食品として全く地位を確立していない。
つまり、このポテトはサツマイモを意味する。
イングランドのヘンリー8世は何故か、というかその形と大きさから
サツマイモには媚薬や精力剤の効果があると信じ込んだ。
食べ、食べさせ、次から次へ妻を取り換え続けた。
イギリス国教会というのは彼の離婚を正当化するために分派したようなものだ。
その凄まじい結婚生活の終息後も神話は生き続け
王の死後も「性欲をそそる芋」はイギリスの晩餐会を飾り続けた。
トウモロコシもとりあえず穀物であるというだけではなく、
その大きな粒々が(ピーッ!、サクジョ!サクジョ!サクジョシマス)…
現在流通しているものよりごつごつとして丸くなく、色も黒い。
ジャガイモはどう見ても色っぽくない。(サツマイモは色っぽいか?)
植物学者はずっとキノコだと思い続けたらしい。
新大陸の植物図鑑でも、いもと植物体は別々に描かれている。
詳細な図には、何をそのように見ていたのだろう、キノコの石突きが描かれている。
地下で根に寄生する醜悪なキノコ。
しかも摩訶不思議なことにこのキノコ、
埋めておくと宿り主の植物体が生えてくるのだ。このようなキノコは他にはない。
まさに正体不明。切るとすぐに切り口が黒く変色する。
かの中世を終わらせた黒死病や業病の最たるハンセン病に現れる腫脹みたいだ。
で、tuberがつけられた。Solanumには「眠らせる」という意味がある。
Solanum tuberosum。学名からして実に不吉だ。
病気になるとの理由から食べることを禁止する法律も作られた。
聖書に出てこないという理由で食べない地域もあった。
「…悪の一族が地下にめぐらす茎で無害からはほど遠いしろもの」
1869年になっても社会改革に力を注いだジョン・ラスキンはそこまで言い切っている。
けれど、学者と庶民にはズレというものが付きまとうようだ。
庶民が恐れたのはこの理由ではない。
魔女達が秘薬を作るときに用いるとされた、あの根が人の形をした、
抜くときに叫び声を上げ、その声を聞くと発狂するという植物、
マンドラゴラそのものではないか。
よく見るとこの塊には目がたくさんついている。
そうも言っていられない地域というものも存在する。
北海及びバルト海沿岸、スカンジナビア半島、アイスランド、アイルランド
そもそもアフリカを原産地とする小麦が北ヨーロッパで満足に成育するはずがない。
比較的寒さに強いカラス麦やライ麦も安定した供給は期待できない。
こうした地域では比較的早くジャガイモが普及した。
何と言ってもアンデス高地に育っていた奴等だ。
しかし、この事情もヨーロッパ大陸部にはマイナス要因になる。
ジャガイモは貧者の食べ物だ。迂闊に食べると落ちぶれる。
少なくとも、ジャガイモを食べているところを見られたら下層階級と思われる。
階級社会でそう見られることの恐怖はわたしにはたぶん充分には想像できない。
イングランドでは肉に対する強烈なこだわりと宗教対立が拍車をかける。
アイルランドの奴等は、野菜を食べるカトリックだ。
奴等はイングランドの属国のくせに女がきれいだ。
なのに大抵早婚で16歳で母親になってしまう。
スィフトやデフォー、マスサスに至っても言葉の端々に複雑な心理が伺える。
アイルランドの慢性的な貧困状態はイングランド政府が行った税率の差別待遇。
そして、イングランドの地主が固執し続けた伝統的な土地の借用制度にあった。
それに言及するより忌まわしいカトリックと汚らわしい野菜食に求めたほうが楽だ。
1770年代イングランドで作られていたジャガイモに萎縮病が発生する。
このウィルス性の病気の影響は広範囲にわたった。
米もそうだが熱帯原産の地上に収穫物をつける穀類を育てるには大変な手間が必要だ。
ジャガイモはそうではない。水はけのよい土地に植えておけば大量に殖える。
しかもこの萎縮病、貧しいスコットランドやアイルランドでは被害はさほどではない。
ウィルスが寒い気候に弱かった。
しかし、そうは受け取らない。大変な屈辱だ。
何故あんな怠け者の貧乏人の世話にならなければならないのだ。
結論を出す「この不吉で不道徳な食べ物を受け入れてはならないという神の啓示だ」
パンマルティエは書く、
「わが永遠の目的は、広く人々の主食を改善することにあり…」
この目的がいかに難しいかは彼がジャガイモと出会ったプロイセンで示されている。
フィードリッヒ大王がジャガイモを栽培させ始めて7年後
エルベ川近くの自尊心旺盛なユンカー(領主貴族)たちは
食べ物ではなく主人を変える事を選び、プロイセンは2分されてしまった。
ヨーロッパでジャガイモが主食に近い地位を獲得するのは
1815年「夏の来なかった年」の全ヨーロッパを襲った飢饉。
そしてその後の温暖化と産業革命による人口の急増を待たなければならない。
食料一神教と言いたくなる。
ヨーロッパの人達は何故単作に走りたがるのだろう。
アイルランドでジャガイモが成功し、増え続ける人口をも賄える様になると。
それまで作られていたカラス麦やライ麦その他の農作物は見向きもされなくなる。
『いもの毒』で書いたがジャガイモは連作には不向きな作物である。
輪作の技術は置き忘れられたままジャガイモはやって来た。
1844年、ノルウェーの農場のジャガイモが立ったまま枯れた。
肥料として南米から輸入された鳥糞に混入していたものと推定されている。
ゴールデンネマトーダと呼ばれたシストセンチュウGlobodera rostochiensis。
乱暴に言ってしまうとジャガイモに寄生するギョウチュウみたいなもの。
これが大発生した。
線虫はアイスランドを経てアイルランドを壊滅状態に陥れ、大陸をなめ尽くした。
アイルランドからの大量移民が北アメリカ、オーストラリア、カナダに向かった。
残った者たちにイングランド教会は救済活動を始める。
しかし、条件をつけた。改宗である。踏み絵みたいなもの。
現代に至る激しい宗教対立にはどうもこの「食い物の恨み」があるような気がする。
翌年1846年の冬はとりわけ厳しい寒さだった。
青年パトリックは遂に意を決する。ニューヨークに向かう船に乗り込み
そこでひとりの女性と恋に落ちる。氷山にぶつかりさえすればタイタニックだ。
無事に辿り着いたふたりは貧困と移民差別から抜け出すことなく生涯を終える。
しかし、彼等の孫は野心家でありハーバード大学を卒業し、財界に人脈を作る。
彼の次男の名はジョン。ありふれた名前だ。
そこでフルネームのイニシャルを頻繁に使うようになる。
パトリックから数えて4代目。35代、初のアイリッシュ大統領J.F.Kが誕生した。
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書きながら、地図を開きつつ思うのだった。
ヨーロッパは温か過ぎはしないか?
かなりの高緯度にありながらジャガイモは育ちバラも咲く。
これはひとえにメキシコ湾暖流の賜物だ。
この海流はアイスランドの北で北極海の棚氷にぶつかり、冷やされて深海に沈み
インド洋や太平洋まで深層流として流れ、そこで上昇して赤道からアフリカを巡り、
再びメキシコ湾暖流となって北上する。1000年以上かかる大循環。
この流れのほんの少しの揺らぎがエルニーニョやラニーニャを引き起こす。
地球温暖化はすでに始まって久しい。
棚氷は少しずつ解けるのではなく、崩れ落ち流氷となる。
ひとつの可能性。
温暖化が進行するに連れて流氷が海面を埋める範囲は広くなる。
そうするとメキシコ湾暖流はそれに阻まれ、北上できなくなる。
加えて、流氷の到達域は氷が解けることによって塩分濃度が低くなるはずだ。
つまり、凍りやすくなる。流氷は棚氷へ変わる。
棚氷は太陽光を反射しやすく、地球全体の気温は急速に低下する。
グリーンランドの氷床のコアなどから
温暖化や氷河期への移行は徐々に進行するのではなく突然起こることが分かっている。
我々は人類が引き起こす初の氷河期へ向かっているのかもしれない。
いつそれが始まるか、それは複雑系の世界であって誰も予想できない。
カレーにジャガイモは許せないとか言っていられる場合では無いのかもね。
うーん…でもあのざらっとした舌触りはどうもなぁ。
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IKEDA Yutaka
2004,6,12 自然なんて大嫌いだ・・・私の原点
都会に生まれに住む人は是非ひと冬を豪雪地域で過ごしてみることをお薦めしたい。
腰が痛かろうが年取っていようがお構いなし。容赦なしです。
信号機は雪の重みで壊れないように縦になっています。
最近はさすがに見かけなくなりましたが新潟では二階に出入り口があった。
雪で埋もれても出入りが出来るように…
377cm。気象庁に記録された最大積雪記録。観測地は高田。1945年2月26日。
「この下に高田在り」そう書かれた看板が雪に刺さっていた。
子供のころ良くそんな話を聞きました。
新潟の平野部の町がすっぽり雪に埋もれてしまった。
わたしの故郷はそれほど豪雪ではありません。せいぜい30〜40cm。
それでも雪を見ても全く心ははしゃぎません。何となく憂鬱になる。
昨年、行方不明になっていた人が融け始めた雪の中から見付かる
そんな出来事がありました。
飯綱の山麓に開発されてきている宅地の豪奢な家の入り口付近で…
どうやら屋根から落ちてきた雪に埋もれたらしい。
雪のない地方から引っ越してきたのでしょう、大自然の中で暮らしたいと。
昔だったらとても考えられません。
入り口の側に傾斜した屋根を付けていた。あまりに無謀です。
東京に出てきたとき冬になったら電気ごたつを買おうと思っていました。
まだ、我慢できるな…
そう思っているうちに春になってしまいました。
何より雪下ろしをしなくて良い。せいぜい雪かき。
それも別にしなかったらしないで済んでしまいます。
楽だなぁ。心の底からそう思いました。
鈴木牧之という人が書いた『北越雪譜』という本があります。
とても好きな本で毎年1度は読んでいます。
江戸時代、北越塩沢のひと。雪の辛さは骨身に染みているはずです。
雪の結晶の形から雪国の民具、雪と動物や人の関わり…雪尽くし。
偉いなぁ…素直に感じます。態度が大人です。
腰が据わっている。どうにもならないものはどうにもならない。
その覚悟がなければ雪国で雪に対してあれだけの愛情を注ぐことは出来ません。
雪という相手をありのままに受け入れ、認めている。
いつになったらこういう大人になれるのかなぁ。読むたびに思います。
江戸時代の災害に関する文献に目を通していると
「覚悟」と言う言葉が至る所に出てきます。
覚悟して、せめて「備え」をする。不断の手入れを欠かさぬよう触書を出す。
お天道さまには逆らえない。自然は思い通りになんかなる訳が無い。
だから自然にはある程度手を付け、手入れをする。身体が自然と密着しています。
だから人間と分離した「環境」という言葉は出てこない。
わたしは自然を愛しているか?
そう訊かれたら答えははっきりしています。No!です。
そのことに気が付いたのは大学に入ってすぐの時でした。
なにしろ自然という奴等と付き合うには体力が要ります。わたしありません。
周りの方々は皆、屈強な身体を持ち合わせていました。
必死になって考えたアイデアはすぐにそれと矛盾する事実に出くわして崩れる。
思うようには自然は作られてなくて、だいいち自分の身体が思うようにならない。
なんてところを選んでしまったのだろう!
態度が子供です。
自分の思い通りにならないのが気にくわない。
それはいまでもあまり変わってません。
考えてみました。どうも好きだと周りから言われてその気になっていたらしい。
何故そう思われたか。友達がいなかったからです。
人が遊んでくれないので、家の前にあった池でカエルやらトンボやらと
ひとり遊びをしていた。石はもっと動かないので沢山集めてました。
石は動かないのです。そのことをもっと考えてみるべきでした。
会いに行くにはこちらから動かなければならない。しかも山。
自然なんて大嫌いだ!はっきりそう思ったこと、覚えてます。
しかしもう遅い。いまさら人はわたしを相手にしてくれるわけもなく、
来てしまった道をしょうがなく進むしかない。
慣れというものは恐ろしいものでそのうち面白くなってきました。
けれどそれも見出した物事や考えを人に伝えるのが面白かったわけで
その証拠に大学を去ってから一時わたしは全く地質を調べる気になりませんでした。
聞いてくれる人がいない。情報も入ってこない。
やめだやめだ!好きでやってるわけじゃなし
とてもじゃないけど「大自然」の中で生きてゆく身体なんて持ち合わせてない。
ミサイルや潜水艦だけでなく、よくあの時死ななかったなー。
そういう瞬間は無数にあります。
大抵忘れていますが、時々夢に見て、汗をぐっしょりかいて飛び起きます。
洗濯物が増えるので困りものです。
けれどやはりなんとかかんとか人の役に立つことが出来るのは結局
地質しかなかったわけです、わたしには。有能ではないけど他では全く無能の人。
このほど仕事をやめ、理科から離れてつくづく感じます。
行動はおろか、言葉すら出てこない。なぁ〜んにも出来ない。
そこでこの事を記してみる気になりました。
自然なんて大嫌いだとはっきり思った。
これがわたしの、原点です。忘れたくありません。
山ばかり歩いてきてそれなりに考えてきたことはそれこそ山程あります。
どうも他の人の考え方と違っているのではないか?
そのことを痛切に感じるのは自然に関してです。
欧米の人たちと環境問題について話をしているとどうもかみ合わない。
最近、日本の人たちと話をしていても同じ戸惑いを感じます。
欧米の人たちにとって自然とはどうやら手付かずの自然のことらしい。
ようやくそのことに気が付いてきました。
そんなもの日本にはありません。何処も彼処も人の手が付いていて
もっと言うと殆ど人が作ったものばかりです。森も、小川も…
80年頃からでしょうか、山が急速に荒れ始めました。
下草が伸び放題。以前通った山道もどんどん通れなくなり。
会うたびに心躍った虫や草に会えなくなってゆきました。
木材自由化…だ。少し後になって理由が分かりました。
林業が駄目になって誰も森林の手入れをしなくなった。当たり前の話しです。
当たり前と今では思えますが、
人が手を触れなくなると動植物の多様性が失われてしまう。
そのことが何となく不思議でした。
次に、至る所にゴルフ場が出来始めました。土地を遊ばせておく訳に行かない。
大学時代の殆どを費やした調査地域は今ゴルフ場の下に埋もれてます。
あの頃必死になって歩き回った沢や斜面はもやは未来永劫歩くことが出来ません。
地質調査も不自由になってしまいました。
飛行機に乗って空から見ると虫に食い荒らされたように見えます。
ゴルフ場とスキー場で山はずたずた。
これも最近は利用されなくなって荒れ始めています。
虫だってこんな喰い散らかし方はしません。
欧米の人たちの自然保護は極端に言ってしまうと自然からの人間の排除です。
その影響か白神山地には自由に入れなくなってしまいました。
自然は人が入るだけで破壊される。一理あるわけで、
屋久島の縄文杉は人が近づきすぎて地面が固くなり枯れかけました。
ふかふかの土壌が根の呼吸には必要です。踏み固められると窒息してしまう。
手付かずの自然は徹底的に保護する。
その裏側には既に手が付いているところは何をしても良いそんな心理を感じます。
彼等は何しろ神に選ばれた方々ですから。
環境問題の対立軸は「人間対自然」
だから自然公園は徹底的に人の手を付けないし、クジラは全く捕獲してはならない。
そーかなー?
学ぶ点は確かにあるのですがどうもわたしの自然のイメージと違う。
近代以降発展した自然科学はその西洋の自然観を根底に持っています。
わたしが学者になり切れないのはそのせいかもしれません。
じゃあわたしの観点は何なのだろう?
人が作った森林、小川や水田にも自然を感じたりします。
理解者が少ない事なのですが、海岸や河原に露出した地層を見ていると
心が洗われるような気分になります。
逆に人が手を入れなくなった山は荒れたと感じる。
この違いは何なのだろう?
そのことをテーマにえんえんと書いてきました。書いてゆくつもりです。
ただ今までは姿勢が何となく学者でした。
この年齢になるともはや身体が利きません。
別にゴルフ場にされなくても永久に見ることの出来ない風景が実は多い。
ほんかく的な地質調査なんてもはや無理です。
そうするとすでにあるデータを別のデータにほんやくしてゆくような
さほど心騒がないお仕事しかできません。
やりたいことはそれとは少し違います。
学者面していると永久に少しずつ不満を蓄えながら死んでゆかねばなりません。
人間あきらめが肝心。
何してゆこうかなー。
ぼんやりと考えているとひとつだけわたしにぴったりな言葉が見付かりました。
隠居です。
これならわたしにも出来そうです。というより既にそれをやっている。
残念ながらわたしは資産家というよりは破産家。
かすみを消化吸収できる生物ではないのでお金はなんとか稼がねばなりません。
ま、嘘の隠居ですが、その姿勢と自覚ははっきり持ちたいものです。
都会に住み、都会にしか住めないにも関わらずぶつくさ文句をつく隠居。
しかしそうなるとつまらない文句だとだれも相手してくれなくなり
やはりぶつくさ不平不満を蓄えつつ死んでゆかねばなりません。
出来ればそれは避けたいものです。せっかく学者を諦めたのですから。
夢は大きく持ちましょう。ぶつくさ文句をつく事で食って行けたら最高だね。
目指すは世界初!プロの隠居!!。
さて、というより
いやはや、どうなります事やら
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IKEDA Yutaka